2000/03/03

桐葉の平日(FORTUNE ARTERIAL ぷちSS)



「おはよう、紅瀬さん。今日も重役出勤だな」
「ええ。役職手当はもらっていないのだけどね」
「むしろシスター天池に罰をもらいそうな気がするんだけど」
「それは貴方に譲ってあげるわ」
「謹んで辞退させていただきます」
「あら、残念ね」
「まあ、事情は知ってるから、こんな軽口を叩いてるんだけどな」
「別に、無理しなくてもいいのよ」
「無理なんてしてないさ。無茶はしてるとは思うが」
 こんなやりとりで、私の一日の学院生活は始まりを告げるのだった。



「昨日夜更かししたせいかな、すごく眠たいんだ」
「だめだよ、孝平くん。授業中に居眠りしたら」
「そうね。せっかく親御さんが払ってくれている授業料が無駄になってしまうわね」
「正論だとわかってはいるんだけど、素直に頷けないのはどうしてだろ」
「私は”授業中に”眠ることはないもの」
「司はどう思う?」
「俺は自分で稼いでいる」
「だからって、眠っていい理由にはならないよな」
「それじゃあ、孝平くんが居眠りしてたら、私が起こしてあげようか?」
「それは陽菜に悪いだろ。ここは、暇そうにしている紅瀬さんにお願いしようかな」
「……わかったわ。貴方が眠れなくなるようにすればいいのね?」
 私は、鞄の中から一冊の本を取り出した。



『”孝平”は自らの男を取り出すと、女の秘所に宛がった。女は懇願するように”孝平”
を見るが、”孝平”は野獣のような笑みを浮かべながら、少しずつ女に侵入していった』
「あの、紅瀬さん。それはいったいなんでしょうか」
「官能小説よ。貴方が眠くならないように、私が朗読してあげるわ」
「ご丁寧に主人公の名前は孝平に変換してくれるわけだ」
「な、なんだか生々しいよね……」
『女の口からは痛みに耐える声が漏れた。”孝平”はそれを聞きながら女の奥まで蹂躙し
ていく』
「有無を言わさずか、孝平」
「孝平くん、そういう趣味だったんだ……」
「こら、そこのふたり、俺は清廉潔白だ。っていうか、紅瀬さんも悪ノリはいい加減にや
めてくれ」
「別にそれは構わないけれど、もう手遅れじゃないかしら」
 教室の外から、廊下を駆ける足音がどんどん近づいてきていた。



「じゃじゃん! わたし、参上♪」
「お姉ちゃん?」
「イケナイこーへーをとっちめるけどいいよね? 答えは聞いてない♪」
「いえ、聞いてくださいってば」
「なんてね、わたしに釣られてみる?」
「釣られるのは孝平だけだろ」
「わたしの強さにこーへーが泣いた!」
「それは、もしかして子どものころの話かしら」
「そうそう! 聞きたい、きりきり?」
「別に」
「ううっ、きりきりは釣られないか。それはさておき、こーへーはおしおきしないとね。
わたしは最初からクライマックスだよ♪」
 その後、支倉君の悲鳴が校舎に響き渡った。



「なるほど。そういうことだったのね」
「支倉先輩、大丈夫でしょうか……」
「ええ。大事を取って、今日は帰らせたわ。代わりに、支倉君の仕事は私が受け持つから」
「あら、いいのかしら。そんな大口を叩いても?」
「ええ。もちろん」
「あ、あの、紅瀬先輩。わたしもお手伝いいたします」
「ありがとう、東儀さん。でも、気持ちだけ貰っておくわ」
「それじゃあ、紅瀬さん。この書類のデータをパソコンに入力してもらえるかしら」
「……わかったわ」
「あの、瑛里華先輩?」
「いいから、白は白の仕事を続けなさい」
「は、はい」
 東儀さんが自分の作業に戻るのを見てから、私はパソコンのスイッチを入れた。



「…………」
「どうかしたのかしら、紅瀬さん」
「なんでも、ないわ」
「なんでもないわけないでしょう。先ほどから手が動いていないようだけど」
「動かす必要がないからよ」
「どうして」
「パソコンが、冬眠してしまったからよ」
「……フリーズ、したのね」
「……そういう言い方もあるようね」
「はぁ、そういうときはね」
「わかっているわ。こうやれば直るのでしょう?」
 私は、パソコンの前に立ち、右手を高く振り上げると、斜め45度の角度から振り下ろし
た。



「ちょっと待ったーっ!!」
「邪魔をしないでくれるかしら、千堂さん。後、その手を離して」
「するに決まってるでしょうがっ。イタタ、手がびりびりするわ。パソコンを壊す気?」
「……心外ね。私は直そうとしただけだわ」
「そのやり方が間違ってるって言ってるのよ。昔の家電製品じゃないんだから」
「……そう、なの?」
「そうよ。むしろ精密機器なんだから、衝撃を加えるなんて『もってのほか』ね」
「……その言葉は、私にとって衝撃だわ」
「あ、あなたねえ……。まあいいわ。ちゃんとした手順を辿れば、よっぽどのことがない
限りは直るから。……教えてあげるわ」
「……随分、親切ね?」
「と、当然よ。……お、同じ生徒会の仲間なんだから」
 千堂さんは、少しだけ顔を赤くしながら、そう答えた。



「紅瀬さん、今日は助かったよ。ありがとな」
「別に。貴方にお礼を言われることじゃないわ」
「そんなことないさ。俺の分も生徒会の仕事をがんばってくれたって聞いたんだ」
「……誰に聞いたの」
「誰に聞いたと思う?」
「……興味、ないわ」
「何で、間が空くんだ?」
「答えがわかったからよ」
「パソコンは叩いちゃダメなんだぞ」
「知っているわよ。……その人に親切に教えてもらったから」
「よかったな」
「……そうね。たまにはいいかもね」
 他愛の無い会話は、どこまでも続いていく。



「何をしているのかしら」
「紅瀬さんを待っていた……と言いたいけど、単なる雨宿りだよ」
「……そう」
「こらこら、そこでスルーしたら寂しいだろ」
「……かまって欲しいの?」
「まあ、できれば」
「いやだと言ったら?」
「その時は、雨が降ってようが走って帰る、かな」
「……ふぅ、仕方ないわね」
「紅瀬さんは、こんな時間まで何をしていたんだ?」
「眠っていたわ。屋上で」
「いつもの”アレ”か」
「ええ」
「でも、雨が降る前に目が覚めてよかったな」
「そうでもないわ。ただ、雨避けのあるところで寝ていただけよ」
「やっぱり不便だなあ」
「どうかしらね」
「何か、得したことってあるのか?」
「……不眠症にならなくて済むことかしら」
 貴方とのおしゃべりの時間が増えたことよ、と心の中だけで呟いた。



「お、そろそろ雨もあがりそうだ」
「……そうね」
「何かいやなことでもあるのか?」
「別に」
「それじゃあ帰ろう。……もちろん、一緒にだ」
「それは、口説かれているという解釈でいいのかしら?」
「そ、そう取ってもらってもかまわない」
「……いいわ」
「ほ、ほんとか」
「ええ」
「まさかOKがもらえるなんて、思ってなかったよ」
「大げさね。一緒に寮に戻るだけなのに」
 口調とは裏腹に、心の中は嬉しさでいっぱいだった。



「おかえり~、おふたりさん♪」
「ただいま、かなでさん」
「……おじゃまします」
「はい、紅瀬さんはここに座って♪」
「ありがとう、悠木さん」
「それでは、支倉くんと紅瀬さんも戻ってきたことだし、お茶会をはじめましょう♪」
「今日のお茶菓子は、『さゝき』のきんつばです♪」
「おいしそうね」
「あれ、紅瀬さんが辛いもの以外に興味を持つなんて珍しいな」
「『さゝき』のきんつばは特別よ」
「紅瀬先輩も、お好きなんですか」
「ええ」
「わたしも大好きなんです。ほっぺたがおちてしまいそうです」
「それじゃ、しろちゃんときりきりのオススメのきんつばを、いっただっきまーす♪」
 口の中に、至福の味わいが広がる。



「美味しいわね、やっぱりこの味は特別だわ」
「いくつ食べても、飽きない味ですね♪」
「私は、さすがにいくつも食べられないかな。ダイエットしないといけないから」
「だいじょーぶ。ひなちゃんはそのままでもとーっても魅力的だから! ね、こーへー」
「え、ええ。そうですね」
「あはは、ありがとう。孝平くん」
「……でも、こーへーにはきりきりのほうが魅力的に見えるのだった」
「ちょ、かなでさん! 俺の心を読まないでくださいよ」
「へ、へー……よ、読んでるんだぁ……」
「しまっ……。あの、副会長、今のは言葉の綾というやつで」
「……綾、なの?」
「紅瀬さん? いや、その……」
「ふふふ、孝平くんおもしろい。ね、白ちゃん?」
「はい、支倉先輩、お顔が真っ赤になってます」
 振り回される彼が面白くて、つい私はそっけない態度を取ってしまうのだ。



「それじゃあ、今日のお茶会はこれにて終了♪」
「あ、今日の片付けは俺がやっておくから、そのままでいいよ」
「ありがと、孝平くん。それじゃあ、おやすみなさい」
「また明日ね、支倉くん」
「おやすみなさいです。支倉先輩」
「ああ、みんなおやすみ。……かなでさん、ちゃんと階段から帰ってくださいね。はしご
は禁止です」
「むむ、こーへーがまるちゃんみたいなことを。まあ、いっか。それじゃあお休み~♪」
「……」
「ん、どうかしたか、紅瀬さん」
「私のカップは、これだから」
「……それが、どうかしたのか?」
「……後で何をしようと、貴方の自由よ」
「あの、紅瀬さんの頭の中では、俺はいったいどんなことをしているんだ?」
「……聞きたい?」
「いや、言わなくていいから!」
「ふふ、それじゃ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「……今日は、ありがとう」
 扉を閉じる前に彼の顔を見たら、驚いていたのがおもしろかった。



「おはよう、紅瀬さん。今日は早いな」
「おはよう。私だって、いつも遅いわけではないわ」
「そりゃそうなんだろうけど、最初に付いたイメージって、なかなか払拭できないんだよ
な」
「……そう言えば、貴方は転入早々、女風呂に侵入したのよね」
「すみません、俺が悪かったです」
「あの時のことが、私の心にどれだけの傷を付けたか……」
「会長にはめられたとは言え、なぜここまで言われなきゃならないんだ」
「まあ、貴方にとっては悪いことばかりではなかったのでしょう」
「と、言うと?」
「私の一糸まとわない姿を、目に焼き付けられたのだから」
「ちょっと待ってくれ。俺が見たのは紅瀬さんじゃなくて、副会長の……」
「いい加減に忘れなさい!!」
「ぐはっ!?」
「朝から強烈な回し蹴りね、千堂さん」
 そして、朝から崩れ落ちる支倉君だった。



「お、今日は孝平は遅刻か?」
「違うの、八幡平くん。孝平くん、保健室に行ってるの」
「千堂さんに折檻されたのよ」
「そりゃ、しばらく戻ってこれそうにないな」
「ま、自業自得とも言えるけれど」
「大丈夫かな、孝平くん。ね、紅瀬さん、後で様子を見に行こうね」
「……どうして私が」
「孝平くん。きっと紅瀬さんが来るのを楽しみにしてると思うから」
「そうね。気が向いたら、行く事にするわ」
「うん、ありがとう」
 悠木さんの嬉しそうな笑顔が、やけに眩しかった。



「こーへーだいじょうぶ~♪ って、どうしてまるちゃんとしろちゃんが?」
「今日は保健の先生がいらっしゃらないので、ローレル・リングが代理でお仕事させてい
ただいてるんですよ、かなで先輩」
「そういうことです。それからもう少し静かになさい。それと、まるちゃんと呼ぶのはや
めなさい#」
「はーい。それじゃ、お姉ちゃんはおとなしく帰ろうかな。あ、こーへーに目覚めのキス
をしてもいい?」
「きき、キスですか?」
「……人工呼吸ならともかく、そういう風紀を乱す行為はダメです」
「……なるほどね~。人工呼吸ならいいわけか。それじゃ、しろちゃん、こーへーのこと
よろしくね~」
「……小さな台風がやっと去っていった、というところかしら」
「でも、かなで先輩は、支倉先輩のことを一番に心配しているんだと思います」
「当の本人は、ぐっすりと眠っているようだけど」
 シスター天池の言うとおり、支倉先輩はおだやかな表情をしているように見えました。



「あれ? 保健室の前にいるの、えりちゃんだよね。何やってるんだろ」
「きっと、中で繰り広げられている痴態でも覗いてるんでしょう」
「覗いてな・い・わ・よ! まったく、紅瀬さんたらひどいわ」
「あら、ひどいのは支倉君の現在の状況だと思うけど」
「ぐっ……。それについては言い訳できないけど、支倉くんなら、かなり幸せそうに眠っ
ているみたいよ」
「……貴方、ついに彼を天国へ送ってしまったの?」
「えりちゃん、それはさすがにひどいんじゃないかなぁ」
「陽菜まで!? ううう、いいわよいいわよ。こうなったら、支倉くんになぐさめてもら
うんだから!」
「まあまあ、えりちゃん。みんなで仲良く孝平くんのお見舞いをしようよ、ね?」
「紅瀬さんは?」
「貴方がどうしても、と言うなら、仕方が無いからつきあってあげるわ」
 久しぶりに気持ちよく千堂さんをやりこめることができて、私は機嫌がよかった。



「お疲れ様、白ちゃん。孝平くんの具合はどう?」
「先ほど、かなで先輩もお見舞いに来られましたが、支倉先輩はだいぶ幸せそうなご様子
ですよ」
「そう、それはよかったわ……」
「千堂さんが原因だったのよね、確か」
「ええ。それは認めるわ。今は、支倉くんが無事で、本当によかった……」
「あら、随分殊勝な態度ね」
「私だって、いつも突撃してばかりではないってことね」
「……それ、自分で言う台詞ではないわよ」
「いいのよ。これで私もスタートラインに立つ決心がついたから」
「おもしろいわね」
 相手にとって不足はない、と言うところなのだろうが、私はそれ以上は言葉にしない。



「陽菜に副会長、それに紅瀬さんも来てくれたのか。わざわざありがとう」
「お礼を言われることじゃないよ。でも、孝平くんが元気そうでよかった」
「蹴られる瞬間に、力を逃がす方向に飛んだんだ。だから、見た目ほどダメージは受けて
ないんだよ」
「ふぅん、意外に運動神経はいいのね」
「転校の達人ともなると、何でもそつなくこなさなきゃな」
「そっ、それでも万が一ってこともあるわ。私の責任でもあるのだし、しばらく支倉くん
のサポートは私がやるわ。いいえ、やらせて」
「いや、だから大丈夫だって言ってるんだけど」
「支倉くんは、私が迷惑?」
「……っ、そんなことは、ないけど」
「迷惑ね」
「……どういう、意味かしら。紅瀬さん?」
「言葉通りの意味よ。だって、彼のサポートは私がやると決めているのだから」
 まっすぐに千堂さんの目を見据えて、私は宣言した。



「帰るわよ、支倉君」
「え? いや、俺はこれから生徒会の仕事が」
「油断は禁物、というわ。病気も怪我も治ったと思った時が危ないのよ」
「そうは言っても、昨日も生徒会を休んだわけだし、今日は出ておきたいんだ」
「貴方の仕事なら、千堂さんが代わりにやっておいてくれるそうよ」
「うーん、その気持ちは嬉しいんだけど、副会長には副会長の仕事があるだろ。俺の仕事
を押し付けるわけにはいかないよ」
「意外に頑固ね」
「責任感があると言ってもらえると嬉しいんだけど。それじゃあ、行こうか」
「……一応聞くけど、どこへ」
「監督生棟だよ。俺のサポートをしてくれるんだよな?」
「……ええ。私に二言はないわ」
 どれだけ不向きなことだろうと、ここで引くわけにはいかなかった。



「お、今日も紅瀬ちゃんの登場だね。いらっしゃい♪」
「……会長は、昨日見かけなかったと思うのだけど」
「ちっちっち、会長ともなれば、一生徒の動向ぐらい把握しているものだよ」
「そう言えば、先ほど白から何か聞き出していたようだが」
「おいおい征~、バラしちゃおもしろくないだろう」
「おもしろい必要はないと思うけど。ったく、兄さんはもうっ」
「それで、私は何をしたらいいのかしら」
「支倉くんのサポートに来たんだから、支倉くんの指示に従ったらいいでしょ」
「と、言うことだけど。貴方の言うことに従わないといけないらしいわ。……たとえ、ど
んなに恥辱に満ちた内容であっても、私は貴方に服従しないといけないのね……」
「あの、紅瀬さん。猛烈に人聞きが悪いので、それはやめてくれ。白ちゃんが給湯室にい
て助かった……」
「あら、私だって冗談を言うタイミングぐらいはわきまえているつもりよ」
「みなさん、お茶が入りましたよ~」
「それじゃ、このお茶を飲んだら仕事を始めましょう♪」
「ああ。それじゃ、紅瀬さん。まずはこれからはじめてくれないかな」
「……わかったわ」
 私は、昨日と同じように、パソコンの電源を入れた。



「……ねぇ、もっと動いてもいいのよ」
「そう言われてもなあ」
「ふふ、こんなに固まってしまって、おびえているのかしら」
「多分、そんなことはないと思うんだけど」
「がまんできなくなったら、思い切って出してしまえば楽になるのに」
「そういうわけにはいかないよ、生徒会の備品だからな」
「こら、そこの二人。意味深な会話はやめなさいよね」
「あら、何のことかしら、千堂さん。私たちは動かなくなってしまったパソコンについて
話していただけなのに」
「知ってて言っているでしょ。知ってて言ってるのよね?」
「まあまあ副会長。怒ったってパソコンが直るわけじゃないだろ」
「こういう時に正論を言われると、無性に腹が立つのよね……」
「あれ、なんだか命の危険を感じるんだけど!」
「そう言えば、かなで先輩がおっしゃっていたのですが、今夜、白鳳寮でまたオークショ
ンが開催されるそうです」
「もしかして、そこに使えそうなパソコンが出品されるのかい、白ちゃん?」
「それはわかりませんが、掘り出し物がざっくざく、らしいのです」
「ざっくざく、か。悠木らしい表現だな」
「こうなったら、そのオークションにかけるしかないわね。行くわよ、支倉くん」
「わ、わかった。紅瀬さんもいいか?」
「……ええ。貴方の言うことですもの」
 今夜は、また騒がしい夜になりそうだった。



「やあやあ、えりりんにきりきりにこーへー。三人揃ってどうかしたのかな?」
「こんばんは、悠木先輩。今晩、寮でオークションが開かれるって聞いたんですけど」
「うん、やるよ。よかったら参加してってね。品物を提供してくれても助かるなあ」
「う~ん、あいにくオークションに出せるような物は持ってませんね」
「こーへーの使用済みタオルとか、えりりんの愛用のマグカップとか」
「「出しませんっ!」」
「きりきりは? 何かないかな」
「そうね……読み終わった本なら、何冊か持っているけど」
「私、嫌な予感がするんだけど」
「あら、千堂さんも読んでみたいのかしら。官能小説」
「べ、別に読みたく……ないわよ」
「あの、副会長。もしかして読みたいのか?」
「そんなわけないでしょう。私は副会長よ」
「いや、それ答えになってないって」
「心配しなくても、オークションには出品しないわ」
「ありがとお、とってもとってもうれしいわ♪」
「そんなえりりんには、風紀シールをプレゼント!!」
「なんで私だけっ?」
「じゃあ、こーへーにもオマケ」
「俺とばっちりですか?」
 オークションが始まる前から、大騒ぎだった。



「こんばんは、孝平くん。今日は『両手に花』だね♪」
「まあ、な。どっちかと言うと、『きれいな花にはトゲがある』だと思うけど」
「紅瀬さん、支倉くんこんなこと言ってるけど、どうしようか?」
「そうね、トゲとしては、チクリと刺してあげるのがいいのではないかしら」
「えっと、ふたりとも冗談だってわかってくれてるよな?」
「ダメだよ、孝平くん。女の子には冗談が通じない時もあるんだから」
「次から気をつけるよ。……次があればだけど」
「あはは。それじゃ、私はお姉ちゃんのアシスタントをしなきゃいけないから、行くね」
「ああ、がんばれよ」
「そろそろオークションが始まるみたいね」
「ええ。それじゃ、それまでの間、きれいな花の二人で支倉君を問い詰めることにしましょ
うか」
 囲んでしまえば、獲物は袋の鼠なのだ。



「おっ待たせしました~。クリスマス恒例、大オークション祭りをはじめるよっ!」
「お姉ちゃん、恒例って言ってるけど、今年はじめてだよ」
「大丈夫だよ、ひなちゃん。来年もやればいいじゃない」
「というわけで、早くも来年の開催が決定してしまいました。司会は5年生の悠木陽菜と」
「最上級生の6年生、キング・オブ・寮長にしてキング・オブ・風紀委員長、しかしてそ
の実態はっ!」
「肩書きがやたら多いわね」
「副会長の突撃よりもすごそうだな」
「こらーそこの二人、わたしのじゃまをしないよーに。……えっと、どこまで言ったっけ」
「悠木かなででお送りいたします」
「何事もなかったように進めるのは、さすが悠木さんというところかしら」
「それでは、まずはこの逸品からっ!」
「そしてマイペースで進行するのもかなでさん、なんだよな」
 熱気に包まれたオークションは、夜遅くまで続いた。



「はあ、結局パソコンは手に入らなかったわね」
「まあ、出品自体がなかったんだから仕方ないよな」
「私は、『テラ辛の素』が落札できたから、満足だわ」
「誰が出品したのよ、その劇物を」
「嗜好は人それぞれだから、俺たちが口をはさむことでもないと思うけど」
「支倉君にも、分けてあげるわ」
「前言撤回、ほしいなんて一言も言ってないぞ?」
「ふふふ、言わなくても貴方の気持ちはわかってるわ」
「本当に、本当にわかってるのか?」
「ええ。私の料理が食べてみたいのよね」
「否定はしないけど、肯定もしたくないような気が」
「だ、だめよ。支倉くんは私の料理を食べるんだから」
「ふうん、それは勝負したいということかしら」
「の、のぞむところよ」
 必殺の道具を手に入れた私に、果たして勝てるのかしら。



「というわけで、今日のお茶会は『孝平くんをおもてなし対決』になりました」
「わ、わたしにはどうしてこうなっているのか、さっぱりわからないです……」
「しかたないよ、しろちゃんはその場にいなかったんだから。まあ、えりりんときりきりを
見てればいいよ」
「司会は、なぜか私、悠木陽菜と」
「キング・オブ……以下略、悠木かなででお送りします!」
「やっぱりかなでさんはかなでさんだなあ」
「むむ、なんかこーへーにバカにされてる気がするけど、気にせずにスタート」
「そこは気にしたほうがいいんじゃないかしら」
「珍しく、千堂さんと意見が一致したわ」
「あはは、それじゃあルールを説明するよ。孝平くんをお料理でおもてなししてください。
本来ならお料理を作るところからなんだけど、寮ではいろいろと不便なので、料理は既製
品のみ、ただし、アレンジは可とします」
「それではおもてなし対決~、レディたち、ゴー♪」



「それじゃあ、まずは私からね。支倉くんには、この千堂瑛里華特製のテラ甘スイーツを
食べさせてあげるわ♪」
「えーと、最高の笑顔を向けられててすごく言いにくいんだけど、俺、そんなに甘いものっ
て好きなわけじゃ」
「はい、あ~ん♪」
「……、これ、回避不可能だよな……。ぱくっ」
「どう、美味しい?」
「うん、甘い」
「やったあ♪」
「でも、孝平くん、美味しいって言ってないんだよね」
「それじゃ、今度はきりきりのターン!」
「私は、これよ」
 赤くそびえるそれを、支倉君の目の前に差し出した。



「テラ辛スイーツ(紅瀬仕様)よ。思う存分食べるといいわ」
「……あの、紅瀬さん。この辛苦の、じゃなくて真紅の物体はいったい」
「無知なる貴方に一言で説明してあげるなら、隠し味ね」
「私、隠れてないと思うなあ」
「どーかん。ひなちゃんに同じ」
「わ、私もそう思います」
「支倉くんがどうするのかが、見どころであり、勝負の分かれ目ね」
「あのー、俺、食べないとダメか? 喉がおかしくなりそうなんだが」
「……わかったわ。そこまで言うなら、仕方ないわね」
「……えっと、なぜ俺の顔を押さえるんだ?」
「決まってるでしょう。……、口・移・し、よ」
 私はゆっくりと支倉君に近づいていった。



「………………っぷはっ」
「ななな、なんてことしてんのよっ!」
「だから言ったでしょう、口移しよ。それで支倉君、感想は?」
「……やわらかかった」
「それ、紅瀬さんのくちびるの感想なんじゃないかな」
「は、はわわ~」
「きりきりと、こーへーが、キスしちゃった……」
「何を言ってるのかしら。これは口移しよ?」
「そんなこと言ったって、紅瀬さんと支倉くんが……くちびるを重ねたことに変わりはな
いでしょう」
「ええ。でもキスじゃないわ。それにそんなことは些細なことよ。重要なのは、支倉君の
答えよ。違うかしら」
「……そんなこと……、わかってるわよっ」
「俺の答えは……」
 支倉君の答えが、みんなの耳に届いた。



「……おいしかった。……って、あれ? どうしてみんなずっこけてるんだ」
「いや、こーへーらしいといえば、らしいんだけどさ」
「私はてっきり、紅瀬さんか、えりちゃんのどっちかを選ぶんだとばかり」
「わ、わたしもです~」
「何か変か? 今のが俺の感想であり、答えだよ。桐葉はテラ辛スイーツなんて言ってた
けど、実際はそんなに辛くはなかったんだ。つまり、これは見た目で判断することなく、
味で判断しなきゃいけなかったんだ。なのに俺は見た目で辛いと決め付けていて、口にし
ようとしなかった。副会長のスイーツは食べたのにね。だから、桐葉はああいうやり方を
取ったってわけだ。……そうだろ?」
「……さ、さあ、どうかしらね」
「紅瀬さん、ここは照れるところじゃないでしょ。もうっ、なんだか私が勝手に空回りし
てたみたいじゃない」
「まあまあ、えりりんだって、もうわかってるんでしょ」
「そりゃあね。この勝負は、紅瀬さんの勝ち」
「えっと、なんでそうなるのか俺にはわからないんだが」
「孝平くん、それ本気で言ってるの?」
「支倉先輩、……ちょっと鈍感だと思います」
「え、え?」
「あのね、支倉くん。親切に教えてあげるけど、”桐葉”って呼んでるわよ。だから、紅
瀬さんが照れてるのよ」
「てっ、照れてなんていないわ」
「はいはいごちそーさま。それじゃ、おふたりさんいきなりですが、誓いのキッスをどう
ぞっ!!」
「ええ?」
「キ、キスなんてまだ早すぎるわ」
「あら、さっきあんなに熱烈なのをしてたじゃない。何いまさら恥ずかしがってんのよ」
「だ、だからあれはキスじゃないって言ったでしょう!」
「というわけで、『孝平くんをおもてなし対決』は紅瀬さんの勝ちになりました」
『おめでとうございま~す♪』
 支倉君の顔を見ると、彼は私の手をそっと握ってくれた。



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