2000/03/04

白ちゃんのしあわせ(FORTUNE ARTERIAL ぷちSS)



「あけましておめでとうございます、支倉先輩♪」
「あけましておめでとう、白ちゃん。それって、あの時の舞の衣装だよね」
 白は、いつもの見慣れた修智館学院の制服でも、ローレル・リングの制服でもなかった。
「はい。伊織先輩が、お正月だから巫女さんがいるといいよね、とおっしゃられまして」
「それで、その巫女服を着てきたんだ?」
「あの……変じゃないでしょうか」
「すごく似合ってるよ。白ちゃんのイメージにぴったりだと思うよ」
「あ、ありがとうございます。……よかったです、支倉先輩に喜んでいただけて」
 白の笑顔は、新年の朝日のように晴れやかだった。



「さてと、そろそろ休憩にしましょうか。白、お茶の準備をしましょう」
「はい、瑛里華先輩。今日のお茶菓子は、瑛里華先輩のお気に入りの左門堂のショートケ
ーキですよ」
「うん、知ってるわ♪ さっき冷蔵庫の中を見た時に気づいたから」
 瑛里華は幸せそうに微笑んでいる。
「副会長って、甘いものが好きだよな」
「ええ。……子どもっぽいって思ってるの?」
「いやいや、そういうつもりじゃないよ。女の子らしいなって思っただけさ。白ちゃんは、
和菓子が好きなんだよね」
「はい。……あの、子どもっぽいでしょうか」
「そんなことないって。白ちゃんのお気に入りの和菓子は、俺も美味しいと思うしね」
「ありがとうございます♪」
「そういえば、支倉くんは焼きそばが好きなのよね、紅しょうが抜きの」
「うん。……子どもっぽいかな?」
 そんなことありませんよ、と白が言うと、孝平はほっとした表情を浮かべた。



「あけましておめでとー、えりりんにしろちゃん、そしてこーへーも」
「あけましておめでとうございます、悠木先輩」
「いらっしゃいませ、かなで先輩。あ、陽菜先輩もこんにちは」
「うん。こんにちは、白ちゃん。えりちゃんも」
「ところで、その格好はどうしたんだ。新年早々大掃除でもするのか、陽菜」
 かなでは普通に制服姿だが、陽菜は美化委員会の制服を着ている。
「ううん。そうじゃないんだけど、お姉ちゃんがお正月だから着てみてって言うから。…
…ちょっと恥ずかしいけどね」
「やっぱりひなちゃんにはこれが似合うよね~。でも、しろちゃんの巫女さんも可愛くて
いいよね♪」
「ありがとうございます。支倉先輩にも喜んでいただけましたし、勇気を出して着てみて
よかったです」
「こーへーは、しろちゃんなら何を着ても喜ぶんじゃないかなあ」
「それはまあ、そうですけど……って、何を言わせるんですか」
「あはは。ところで、今日のお仕事はもう終わったの?」
「今、ちょうど休憩していたところよ。でも、お正月なんだし、緊急の仕事があるわけで
はないから、時間は作れるけど」
「それなら、みんなで羽根突きしないかな?」
「お正月って言ったら、やっぱり羽根突きでしょ。こーへーで書初めしちゃおうよ」
「なぜかかなでさんの中ではごっちゃになってるようですが、そう簡単には負けませんよ」
「わたし、羽根突きはあまりやったことはありませんが、おもしろそうです」
 白もやる気を見せたので、みんなで羽根突きをすることになった。



「それじゃあ、トップバッターはえりりんとこーへーね」
「いいわよ。ふふん、支倉くんを真っ黒にしてあげるんだから」
「それは勘弁してもらいたいな。白ちゃん、応援よろしくね」
「は、はい。フレー、フレー、支倉先輩!」
 一生懸命に手を振り上げて、応援する白だった。
「……とほほ、いいところまで行ったのになあ」
「まあ、ざっとこんなもんね。それじゃあ、大きな丸を描かせてもらうわ」
「うふふ、支倉先輩、変な感じです」
「ほんとだ。これは写真に残しておかないといけないね」
「ちょっと待て、陽菜。それは俺が副会長に勝ってからでもいいだろ」
「うーん、無理だと思うよ?」
「大丈夫、助っ人をお願いするから。白ちゃん、いいかな?」
「えっ、わたしが瑛里華先輩と試合するのですか?」
「私は構わないわよ。なんなら、ふたり一緒でもいいわよ♪」
「は、はい。よろしくお願いします……」
 そして、白のほっぺにも孝平と同じ丸が描かれ、陽菜がにこにことその光景を写真に収
めた。



「ふえぇ、すみません、支倉先輩。負けてしまいました……」
「大丈夫、白ちゃんはよくがんばったよ。だから、泣かないで」
 孝平は、そっと白の目からこぼれる涙をふき取った。
「ごめんね、白。でも勝負は勝負だから」
「でも、これで全員えりちゃんに負けちゃったんだよねえ」
「誰か、誰かおらぬかえー!」
「あの、かなでさん。誰に呼びかけてるんですか」
「残ってるのは、あとひとりだよ、孝平くん」
「えりりんに勝ったら、こーへーが何でも願いを叶えてくれるってさー」
「ちょっと、かなでさん?」
「……騒がしいわね、まったく」
「あ、紅瀬先輩」
「あけましておめでとう、東儀さん」
「はい、あけましておめでとうございます、紅瀬先輩」
「あら、紅瀬さんじゃない。新年早々、私に負けに来たのかしら?」
「あら、新年早々おもしろい冗談ね。私は、支倉君に願いを叶えてもらいに来ただけよ」
 白が持っていた羽子板を受け取ると、桐葉は不敵な笑みを浮かべた。



「それじゃあ、行くわよ。……えいっ!」
「……ふっ」
「なんのっ」
「……ふっ」
「ダイナミックな動きのえりちゃんとは対照的に、紅瀬さんは動きを最小限に抑えてるね」
「陽菜先輩、すごいです。わたしには、おふたりの動きは目にも止まらないですので、何
が起こっているのかわからないです」
「あはは、私も羽根がどうなってるかまではわからないんだよ。ただ、影がうっすらと見
えるから、なんとなくわかる程度なの」
 いつもの笑顔を浮かべながら、陽菜が言う。
「いや、それがわかるだけでも俺はすごいと思うけどなあ」
「さっすがひなちゃん、わたしのヨメ♪」
「な、なんだかだんだんやる気がなくなってきたわね……」
「……隙あり」
「ああっ?」
「ぴぴーっ。きりきりの勝ち♪」
「ううっ、油断したわ……」
 がっくりと膝をつき、うな垂れる瑛里華だった。



「お疲れ様でした、瑛里華先輩。こちらを召し上がってください♪」
「ありがと、白。……お粥?」
「七種粥(ななくさがゆ)です。少し熱くしてありますので、注意してくださいね」
「だいじょーぶ、えりりん。ふーふーしてあげようか?」
 かなでが瑛里華にふーふーしようと近づく。
「大丈夫です! ふー、ふー、……あら美味しいわね」
「ありがとうございます。みなさんもどうぞ」
「支倉君は、七種が全部言えるかしら?」
「それぐらいは知ってるさ。セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、
スズシロ、だろ」
「芹、薺、御形、繁縷、仏の座、菘、蘿蔔、ね」
「わ、さすが紅瀬さんだね。漢字で読むとさっぱりわからないよ」
「ひなちゃんに同じー」
「わたしも、漢字までは知りませんでした。ありがとうございます、紅瀬先輩」
「ふふ。昔、伽耶と食べた記憶があるわ」
「え、母様も?」
「ええ」
 遠くを見るように、桐葉が目を細めた。



「ごちそうさま、東儀さん。美味しかったわ」
「ありがとうございます、紅瀬先輩」
「お礼と言ってはなんだけど、支倉君を好きにする権利は貴女にあげるわ」
「え? ええっと……よろしいのですか」
「ええ。それじゃあね」
 桐葉は白に告げると、さっと姿を消した。
「なんだか、やりたいことだけして帰っていったわね……」
「クールなところも、紅瀬さんらしいね」
「さ~て、しろちゃん。こーへーにお願い事を言ってみよう♪」
「かなでさんなら不安だったけど、白ちゃんなら大丈夫かな」
「そんなこと言うこーへーには後で風紀シールを山盛りプレゼントするとして、いいよ、
しろちゃん♪」
「わ、わたしの願いは……」
 白の願い事が、みんなの耳に届いた。



「わたしの願いは……支倉先輩と、瑛里華先輩と、みなさんと今年も仲良く過ごしていき
たいです!」
「……」
「あ、あの支倉先輩?」
「はは、白ちゃんらしいな」
「あの、何かおかしかったでしょうか」
 小首を傾げる白に、孝平は微笑む。
「いや、そんなことないよ。白ちゃん、今年もよろしくね」
「はい。よろしくお願いします♪」
「ちょっと、ふたりだけってのはないんじゃない? 私も一緒でいいわよね」
「はい、もちろんです♪」
「白ちゃん、私もいいかな」
「はい、大歓迎です♪」
「し~ろ~ちゃん♪」
「かなで先輩も、よろしくお願いしますね」
 今年も幸せな一年になりますように、と白は心の中で願った。



「見てください、支倉先輩。息がまっしろですよ」
「ほんとだ、白ちゃんの息がまっしろ、なんてね」
「ふふふ。この分だと、明日は雪が降るかもしれませんね」
「そっか、そしたら雪丸は礼拝堂に入れておいたほうがいいんじゃないか?」
「あ、そうですね。屋根はありますけど、きっと寒いでしょうし」
「それに、雪が降ったら雪丸がどこにいるのかわからなくなっちゃうかもしれないしさ」
「もう、支倉先輩はそんなことばかり言うんですから~」
「それじゃあ、礼拝堂に行こうか。白ちゃん、寒いから手を繋ごう」
「あ……はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ。……うん、これなら寒くないから、ゆっくり歩いていこうね」
「そうですね。支倉先輩の手、とてもあたたかいです♪」



「見て、白ちゃん。雪が降ってきたみたいだ」
「よかったです、雪丸を中に入れておいて」
「そうだね。でも、これぐらいなら積もるほどではないかなあ」
 降ってくる雪を見て、孝平が呟いた。
「支倉先輩は、雪の多いところの学校にもいらっしゃったことがあるんですか?」
「うん、これでも転校の達人だからね。北は北海道から、南は沖縄まで、日本中を行った
り来たりしたよ」
「ちょっと、羨ましいです。わたしは、島からほとんど出たことがありませんから」
「それじゃあ、春休みとかの長い休みになったら、みんなと遊びに行こうか」
「え、よろしいのですか」
「もちろんだよ。白ちゃんとふたりっきりでも、俺は構わないよ」
「はは、支倉先輩……。あの、わ、わたしでよろしければ、ご一緒します」
 白は繋いだ手に、ぎゅっと力を入れた。



「今日のお茶請けは、ぜんざいです。どうぞ、支倉先輩」
「ありがとう。そう言えばさ、おしるこってあるけど、ぜんざいとは何が違うんだろう?」
「地域によって呼び方が違うそうですが、意味は同じだと聞いたことがあります」
「善哉(ぜんざい)は小豆の粒がある汁粉に使うようね。だから、漉し餡の場合は汁粉と
呼ぶのよ」
 受取ったぜんざいをみつめながら、桐葉が呟いた。
「さっすがきりきり、博識だねー」
「たいしたことじゃないわ」
「そんなことないです。とても勉強になりました、紅瀬先輩。あ、これ先輩用の七味です。
よかったらお使いください」
「ありがとう、東儀さん。遠慮なく使わせてもらうわ」
「え、紅瀬さんって、もしかしてぜんざいにもソレ、入れるの?」
「ええ。とても美味しいのよ。貴女も使うのかしら?」
「遠慮するわ。ぜんざいは甘いほうが好きだから」
「私も甘いほうがいいかな。あはは、またダイエットしないといけないけどね」
 陽菜の呟きに、女性陣はふたりを除いて動きを止めた。



「あ、おはようございます、支倉先輩」
「おはよう、白ちゃん。あれ、こんなに早く行くんだ。日直とか?」
「いえ、違いますよ。今日は雪が積もっているので、礼拝堂の雪かきをしようかと思いま
して」
「ひとりで?」
「ええ、そのつもりですけど……」
「ちょっと待っててね」
 そう言うと、孝平はダッシュで階段を駆け上っていった。
「お待たせ、それじゃあ行こうか」
「あ、あの……ありがとうございます♪」
「お礼はいらないよ。その代わりに、手、つないでもいいかな」
「はい。……えへへ」
「まだ誰も登校してないみたいだから、俺たちが最初かな」
「誰の足跡もついていない雪道を歩くのって、すごく久しぶりです」
「そうなの?」
「はい。いつもは、たいてい兄さまが先に歩いてくださいますから」
「じゃあ、今日は白ちゃんの後に歩こうかな。よろしくね」
「はい! わたし、がんばりますね」
 一歩ずつ、ゆっくりと歩いていく白と孝平の姿を、遠くから兄が眺めていた。



「うわ、礼拝堂がまっしろだ」
「そうですね。いつもと雰囲気が違うので、少し不思議な気分です」
「それじゃ、手分けして雪かきをしようか。白ちゃんは、礼拝堂の裏手をお願いしてもい
いかな。俺は入り口の周りからはじめるよ」
「はい、わかりました。……ありがとうございます、支倉先輩」
 白は小さな声で呟くと、建物の脇を歩いていった。
「さてと、出入り口ぐらいはきれいにしておこうかな」
「あら、支倉君ですか?」
「あ、シスター天池。おはようございます」
「おはようございます。東儀さんのお手伝いをしてくれているのですね」
「ええ。……あ、一応、ローレル・リングの手伝いってことでお願いします」
「わかりました。……そうだ、それではこれを着てください」
「これは?」
「ローレル・リングの制服ですよ。実は男子用の制服もちゃんとあるんですよ。あまり着
てくれる人がいないのが困ったところですが」
 雪かきをしながら、シスター天池は普段よりもやさしげな笑顔だった。



「は、は、支倉先輩~」
「どうした、白ちゃん。お化けでも出たかい?」
「ゆ、雪……」
「雪男? それとも雪女かな」
「雪丸が逃げ出してしまいました~」
「あいつも元気だなあ。よし、俺が探してくるから、白ちゃんはシスターと玄関の雪かき
をしていて」
「は、はい。よろしくお願いします~」
 孝平は白の頭を撫でると、建物の裏手に向かった。
「それじゃあ、こちらも雪かきをはじめましょうか」
「はい、わかりました」
「それにしても、支倉君は頼りになりますね」
「はい。生徒会の仕事でも、いつも手伝ってくださいます。同じ時期に役員になったのに、
わたしはあまりお役に立てなくて、みなさんに申し訳がないです……」
「東儀さん。ひとりで出来ることも大事ですが、それには限りがあります。集団のいいと
ころは、みんなで分担して、協力して物事にあたることができることです。ですから、東
儀さんが役に立っていないはずがありません。もっと自信を持って、いいのですよ」
「……わかりました。ありがとうございます、シスター」
「ふふふ。さて、そろそろ雪かきはよさそうですね。それでは、支倉君が戻ってきたらお
茶にしましょう」
 気がつけば、雲間から太陽が顔をのぞかせていた。



「ただいま~。はい、白ちゃん、雪丸だよ」
「ありがとうございます~。ほら、雪丸、支倉先輩にお礼を言わなきゃダメじゃないです
か」
 白は雪丸の目を見つめて、叱ってみせた。
「お疲れ様でした、支倉君。これを飲んであったまってください」
「ありがとうございます。……あ、おいしいですね」
「当然ですよ。だってそれは、東儀さんが支倉君のためにと丁寧に準備したお茶なのです
から」
「ごちそうさまでした。それじゃあ、そろそろ学院に行こうか、白ちゃん。あまりゆっく
りしてて遅刻したらいけないからね」
「そうですね。それでは雪丸、行って来ますね♪」
「あ、このローレル・リングの制服はどうしましょうか。洗って返したほうがいいですよ
ね」
「いいえ、その必要はありません。支倉君さえよければ、しばらくそれを借りておいてく
れませんか。臨時の会員、ということで」
「……そう、ですね。では、しばらく貸していただきます」
「よろしいのですか、支倉先輩」
「ああ。白ちゃんもいるしね。白ちゃんは、いやかな」
「そんなことないです。……とても嬉しいです」
 白は孝平の目を見つめて、幸せそうに微笑んだ。



「おはよう、陽菜」
「おはよう、孝平くん。……えっと、その格好はどうしたのかな」
「あ、脱ぐの忘れてた。道理ですれ違うみんながちらちら見てると思ったよ」
 羽織っていた白い制服を脱ぎながら孝平が言う。
「もしかして、それってローレル・リング?」
「ああ、そうだよ。シスター天池が貸してくれたんだ。ちょっとの間、臨時の会員になる
みたいだ」
「孝平もシスターの手先か」
「人聞き悪いな、司。俺はまだよく知らないけど、ローレル・リングってのはシスターの
手伝いをする委員会なんだろ。どうして入ろうとする人が少ないのか、気になっていたん
だ。だから、これはいい機会だと思ってるよ」
「ま、がんばれ。ほどほどにな」
「おう。陽菜もやってみるか? 時々でもシスターは喜んでくれると思うけど」
「う~ん、私は美化委員会があるからね。ちょっと難しいかな。それに、白ちゃんに悪い
し」
「ん? どうして白ちゃんなんだ。むしろ白ちゃんも喜んでくれると思うけど」
「そういうとこ、孝平くんらしいけど……。じゃあ、今度お姉ちゃんと一緒に行ってみよ
うかな」
「ああ、それでいいよ。無理する必要はないしさ」
 チャイムの音とともに桐葉が教室に入ってくるのを見て、孝平は自分の席に座った。



「支倉君」
「何かな、紅瀬さん」
 昼休みになった時に、珍しく桐葉のほうから孝平に声をかけた。
「ローレル・リングに入ったと聞いたのだけど」
「ああ。と言っても、臨時のお手伝いみたいなものだけどね」
「貴方も物好きね」
「そうかな? まあ強制されてるわけじゃないし、ちょっとやってみようかなって思った
だけだよ」
「まあ、がんばりなさい。……お迎えがきたわよ」
 紅瀬さんの視線を追うと、白ちゃんが教室の入り口に立っていた。
「あ、あの、支倉先輩はいらっしゃいますか?」
「白ちゃん、どうかしたの?」
「あ、支倉先輩。シスター天池が一緒に来てほしいということなので、お願いできますか」
「よしわかった。それじゃあ、ちょっと行って来る。陽菜、司、悪いけど昼飯は俺抜きで
行って来てくれ」
「うん、がんばってね、孝平くん」
 孝平はかばんからローレル・リングの制服を取り出すと、羽織って白と教室を後にした。



「ねえ、ちょっとちょっと陽菜」
「うん、どうしたの?」
「支倉君って、ローレル・リングに入ってるの?」
「孝平くんが言うには、臨時の会員みたいだけど」
 孝平から聞いたことを、陽菜はクラスメイトに簡単に説明する。
「臨時かあ、その手があったか。なるほどね」
「何がなるほどなの?」
「だってさ、あの制服を着てみたいと思わない? さっきも、4年生の東儀さんが着てた
けど、実は結構人気があるんだよ、あれ」
「そうなんだ」
「うんうん。陽菜の美化委員会の制服が一番人気なんだけど、ローレル・リングも秘かに
人気なんだよね」
「それじゃあ、みんなで臨時会員になるってのはどう?」
「わ、お姉ちゃん」
「ゆ、悠木先輩、いつからいたんですか?」
「ひなちゃんのいるところに、わたしあり!」
「それ、説明になってないと思うけど」
「それはさておき、ひとりだと気後れしちゃうかもしれないけど、みんなと一緒なら怖く
ないものだよね。まるちゃんも、きっと喜んでくれるんじゃないかな」
 かなでの説明に、クラスメイトたちは相談をはじめた。



「あの、支倉先輩。ちょっとよろしいでしょうか」
「どうしたの、白ちゃん。改まって相談事かな」
 数日後の昼休み、白が孝平に声をかけてきた。
「実は、ここ数日のことなんですが、礼拝堂の周囲で誰かの視線を感じるんです」
「誰かって……心当たりは?」
「いえ、それがまったく。わたし、ちょっと怖くて……でも、兄さまにはこんなことでご
迷惑をおかけできませんから」
「そうだよな、東儀先輩も多忙だからなあ。よし、それじゃしばらく俺が護衛としてそば
にいることにするよ。幸い、ローレル・リングの臨時会員でもあるわけだし、一緒にいて
もおかしくはないだろう」
「あ、ありがとうございます、支倉先輩♪」
「……もしかして」
 それまで静かに味噌ラーメンを食べながら白の話を聞いていた陽菜が、おもむろに口を
開いた。



「えっとね、白ちゃん、孝平くん。答えは諸事情で言えないんだけど、危険なことにはな
らないと思うから、安心していいと思うよ」
「どういうことでしょうか、陽菜先輩?」
 白は首を小さく傾げて陽菜に問いかける。
「白ちゃんは、孝平くんを信じられる?」
「はい。支倉先輩は兄さまと同じくらい信用できる方です」
「孝平くんは、私のことを信じてくれる?」
「ああ。俺にとって、陽菜はとっても大切な友だちだからな」
「じゃあ、白ちゃんは私のことを信じてくれるかな?」
「……はい、わかりました。陽菜先輩を信じます」
 真剣な表情で、白は陽菜に答えた。



「それじゃあ、礼拝堂に行こうか」
「はい。今日もよろしくお願いします、支倉先輩」
 二人仲良く歩いていると、イーゼルを抱えた女子生徒が通りかかった。
「あら、キミは確か……支倉君だったわね。生徒会役員だと思っていたのだけど、ローレ
ル・リングにも入っているの?」
「お久しぶりです、部長さん。ローレル・リングは今のところ臨時ですね。よかったら、
部長さんもいかがですか?」
「せっかくのお誘いだけど、遠慮しておくわ。これからスケッチに行く予定なの」
 そう言って、イーゼルを掲げてみせる美術部部長だった。
「悪いわね。……あ、もしよかったら、今度貴方たちを描かせてもらえないかしら。その
制服を着ているところ、一度描いてみたいと思っていたのよ」
「俺は構いませんけど、白ちゃんはどう?」
「わ、わたしはちょっと恥ずかしいのですが、支倉先輩が一緒なら心強いです」
「ありがとう。それじゃ、日にちはまた今度連絡するわね」
 ひらひらと手を振りながら、部長は歩いていった。



「こんにちは~。少し遅くなりました」
「遅いわよ。時間は無限じゃないんだからね?」
「え、瑛里華先輩?」
「どうしてここに? っていうか、その格好は」
「ご覧の通り、ローレル・リングの制服よ。今の時期は学校行事も特にないし、せっかく
だから私も参加させてもらおうかと思って。……迷惑だったかしら?」
 瑛里華はくるっと回って、制服の裾を翻らせて見せた。
「い、いえ、そんなことないです! ありがとうございます! 瑛里華先輩がお手伝いし
てくれたら、とても心強いです」
「ふふ、ありがと。ところで支倉くん♪」
「ん、どうかしたのか」
「何か言うことはないかしら、あるわよね、聞かせてほしいなあ♪」
「えっと、……に、似合ってるぞ」
「妙な間があるのがちょっとだけ気になるけど、お礼を言っておくわ。ありがとう」
 にっこりと笑う瑛里華の笑顔は、ローレル・リングの制服を身にまとっていても、変わ
らない。



「ちょっと、悠木先輩! 千堂さんまで入っちゃったじゃないですか」
「うーん、これは予想外だったねー。さすがは突撃副会長のえりりん」
「もしかして、素直に入会しますと言っていればよかったんじゃ」
「おかしいねえ、こういうのは事前に入念なリサーチが必要なのに」
「リサーチはともかく、どうして東儀さんを見張る必要があったんですか」
「決まってるじゃん。恋のライバルの調査は大事なんだよ。敵を知り、己を知れば百発百
中ってことわざを知らないの?」
「初耳ですし、そもそも恋はまったく関係ないのでは……」
「細かいことは気にしちゃだめだよ。それじゃあ、今からまるちゃんに入会届けを出しに
行こう!」
「今度はずいぶん行動が早いんですね」
「えりりんを見習ってみたのだよ、明智君」
「私、明智じゃありませんけど」
「ええっ? じゃあ、ホームズ君」
「なんでイギリスの紳士になるんですか……」
 あきれつつも、かなでの後についていく女子生徒だった。



「まーるちゃーん。わたしたちもローレル・リングに入れてくださいっ!」
「よろしくお願いします、シスター」
「悠木さんは後で礼拝堂の裏まで来るように#。それはさておき、仲間が増えるのはとて
も嬉しいです。みんな仲良くがんばってくださいね」
「はい! それであのう、制服はいつ支給していただけるんでしょうか」
「実はですね……」
 シスターの言葉を聞いて、女子生徒とかなでは絶望の声を上げた。
「あ、あの、どうかされましたか? あれ、かなで先輩じゃないですか」
「……ああ、しろちゃん。……燃えちゃったよ、燃えつきてまっしろに……」
「またわけのわかんないことを。かなでさんらしくないですよ」
「こーへー……。うしっ、こーへーに心配されちゃあ、元気を出さないわけにはいかない
ねっ!」
「立ち直りはやっ」
「それが悠木先輩の取り柄だもんね」
「あ、えりりん。それ、褒めてるんだよね」
「もちろんだよ、お姉ちゃん」
「ひなちゃんも来てくれたんだ。よーっし、それじゃあワトソン君。制服がないけどわた
したちもがんばろう」
「だから、どうしてワトソンなんですか~。お仕事は、がんばりますけどぉ~」
「おっけー、それじゃああとはしろちゃんよろしく。わたしはちょっとまるちゃんに呼ば
れてるから」
「あ、はい。わかりました。……あの、よろしくお願いします、先輩」
「こちらこそ。予定とは違うけど、自分で言い出したことだしね」
「あの、まだ確約はできませんが、人数が増えれば予算もいただけると思いますので、制
服はその時までガマンしてくださいね」
「……ホントっ? ありがとう、東儀さん。さすがは未来の財務担当だね」
「いっいえ、わたしは当たり前のことをするだけですから」
「それじゃあ、仕事をはじめようか。って、かなでさんはどこに行ったんだろ?」
 その頃、礼拝堂の裏で、かなではシスター天池に叱られていた。



「支倉先輩。お時間ありましたら、ご一緒にお散歩に行きませんか」
「ああ、俺だったら大丈夫だけど。……でも、外は雪がちらついてるよ?」
「これぐらいなら平気だと思います。雪丸も外に出たそうにしていますし」
「わかった。白ちゃんがそう言うなら、行こうか」
「はい、ありがとうございます♪」
 空からは、孝平が言うようにちらほらと雪が舞い降りてきている。
「どこまで散歩に行くつもりなの?」
「あまり遠くにはいけませんので、学内をまわってみようと思います」
「オッケー。それじゃ、雪丸は白ちゃんにお願いしていいかな」
「わかりました。……あ、もし支倉先輩が雪丸を抱きたくなったら言ってくださいね。雪
丸は抱き心地もやわらかいですし、あたたかいですから」
「大丈夫だよ。その時は、白ちゃんを抱きしめるから。白ちゃんの抱き心地も俺は好きだ
しね」
「もう、支倉先輩ったら……」
 ふたりと一匹は、雪の舞う中を歩き始めた。



「あ、孝平くん、白ちゃん。ふたりでお散歩かな?」
「こんにちは、陽菜先輩。雪丸も一緒です」
「ほんとだ。あったかそうだね」
 白の腕に包まれて丸くなっている雪丸を見つめて、陽菜の表情もやわらかい。
「陽菜は、美化委員会か。寒いのにご苦労様」
「まだ本降りじゃないしね。グラウンドで部活をしているところもあるし、私たちも負け
てられないよ」
「それじゃあ、もし時間があるようでしたら、後で礼拝堂に来てくださいませんか。今日
は、いつもがんばってくださっている皆さんにお茶をごちそうしようと思っているのです。
陽菜先輩も来ていただけると嬉しいです」
「うん。それじゃ、あとでおじゃまさせてもらおうかな」
「それじゃあな、陽菜」
「うん。孝平くん、ちゃんと白ちゃんをエスコートしてあげるんだよ?」
「ああ。それじゃあ行こう、白ちゃん」
「はい。それでは、また後ほど」
 頭を下げて、白は孝平と歩いていった。



「お熱いわねえ、おふたりさん♪」
「瑛里華先輩、こんにちは」
「熱い、とまではいかないな。でも、あったかいのは間違いないけどさ」
 孝平は、白の手を片方握っていた。
「はいはい、ごちそう様。それじゃ、私は監督生室に戻るわ」
「あの、瑛里華先輩」
「わかってるわ。後で礼拝堂に行けばいいのよね?」
「はい。明日からは生徒会に顔を出しますので」
「いいっていいって。兄さんも征一郎さんも時々顔を出してくれるしね。あ、支倉くんは
たっぷり仕事をあげるから、そのつもりで♪」
「さてと、行こうか白ちゃん」
「あ、こら。私の言うことを聞いておいたほうが、来月ラクになるわよ~」
「未来も大事だけど、俺は今の幸せを優先するよ」
「そ、それでは失礼します~」
 歩いていくふたりと一匹を眺めながら、瑛里華は首をすくめた。



「こんにちは。紅瀬先輩」
「あら、東儀さん。……おいしそうなものを持っているわね」
「は、支倉先輩は、お、お、おいしくないと思います!」
 白は左手にぎゅっと力をこめる。
「白ちゃん、うれしいけど、あんまりうれしくないよ……」
「……私は、その兎のことを言ったのだけど。ま、確かに支倉君は煮ても焼いてもおいし
くなさそうね」
「雪丸もだめです~。……あ、それでは代わりに別のものをごちそうしましょうか。この
後、礼拝堂に来ていただければ、おもてなしいたします」
「……そうね、気が向いたら寄らせてもらうわ」
「はい、わかりました。よかったですね、雪丸♪」
「白ちゃん、俺にも微笑んでほしいんだけど……」
 白はにっこりと微笑んで、左手にぎゅっと力をこめた。



「お~、しろちゃんにこーへー。ラブラブで何より♪」
「ほんと、うらやましいよ~。私は悠木先輩とワンセットだから」
「先輩方、お疲れ様です。作業が終わりましたら、礼拝堂までいらしてくださいね」
「かなでさんの相手は大変だと思うけど、がんばって」
 かなでに聞こえないように、小声でささやく孝平。
「ありがと、支倉君。キミも白ちゃんの護衛をしっかりね」
「ああ、言われるまでもないよ。白ちゃんは誰よりも大切だからな」
「……それ、本人に言ってあげたら?」
「言えるわけ無いだろ、恥ずかしすぎる」
「聞かされるこっちはもっと恥ずかしいんだよ、こーへー?」
「うわっと。それじゃあ、俺たちは先に戻ってますね。白ちゃん、そろそろ行こう」
「はい。それでは失礼します~」
 ぺこりと頭を下げて、白は雪丸を抱えなおした。



「みなさま、お仕事お疲れ様でした。ささやかではありますが、お茶とお菓子を用意致し
ましたので、おくつろぎください」
「わぁ、ケーキだぁ♪」
「おい副会長。いいのか、甘いものが好きなのは秘密なんじゃなかったっけ」
「何言ってるのよ。女の子が甘いものを好きなのは当然でしょ」
 幸せそうにケーキを頬張る瑛里華だった。
「辛いものが好きな女だっているわよ」
「紅瀬さん……その真っ赤なきんつばはいったい何なの?」
「東儀さんが手に入れてくれたのよ。幻の紅色のきんつば、略して紅つばね。よかったら、
悠木さんもどうかしら」
「あはは……、孝平くん、お願い」
「おい陽菜、その無茶振りはちょっとひどいぞ?」
「それじゃあ、わたしが行ってみよう! はむっ……がくり」
「わあ、お姉ちゃんが~?」
「かなで先輩、こちらを飲んでください」
 白が差し出した飲み物を口に含むと、かなでの意識が回復した。
「やるね、きりきり。気絶するほど美味しかったよ!」
「どういたしまして」
「うーん、とにかく白ちゃん、お姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
「いいえ、わたしはたいしたことはしてませんから」
「そんなことないさ。白ちゃんは目立たないけど、すごくみんなの支えになっているよ。
そんな白ちゃんを、これからも俺は支えていけたらいいなあと思ってる」
「支倉先輩……」
「ローレル・リングにも入ったことだし?」
 瑛里華がふたつめのケーキを頬張りながら言う。
「俺で役に立てれば、それもいいかな。こうして、みんなが集まってくれたのも、白ちゃ
んがいるからなんだ。だから、これからも白ちゃん、よろしくね」
「は、はい! わたしこそ、よろしくお願いいたします♪」
 しあわせな笑顔を浮かべて、白は孝平に微笑んだ。



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