2003/06/26

「あの言葉」(君が望む永遠)



 聞きたいけど、聞いちゃいけないような気がする「あの言葉」。
 言って欲しいのに、言ってもらいたいのに、それをしてもらったらダメな気がする。



 今、私は診療所にいます。欅町から新幹線を使えば3時間ほどの距離にあります。
 空気はとってもきれいで、窓からの眺めも素敵です。ここで静かに生活していればある
いは……と思ってしまいそうです。



��『期待』しちゃいけないんだ。)



 小さい頃からだから、そんなふうに考えるのが当たり前になってしまっているのかもし
れません。
 ………………ダメですっ! このままじゃ気持ちが滅入っていってしまいます。『病は
気から』ともいいますし。元気良く、いつもの天川さんらしく行きましょう。
 そうだ! お庭を散歩してみましょう。天気もいいことですし。
 私は外出着に着替えてから部屋を出ました。階段をトントンと降りて玄関へ向かいます。
玄関の近くには受付があります。私は受付まで歩いて行って、うんと背伸びをして声をか
けました。
「すみませーん」
「はい? ……ああ、蛍ちゃん。どうしたの?」
 やっぱりすぐには気づいてもらえませんでした。いくら天川さんがちっちゃいといって
も、そんなに小さいわけではないと思うのに……ちょっとショックです。
「あの、ちょっとお庭を散歩してきます。いいですか?」
「ええ、かまいませんよ。気をつけていってらっしゃい」
 受付の女の方はにっこりと笑ってそう言いました。私は、はい、と元気良く返事をして、
お庭に出ました。
 陽射しが強いので、木陰を選びながらのんびりと歩きます。とってもいい気持ちです。
 ぐるっと回って一周が終わるころ、小さな犬小屋に気が付きました。わんこ、いるのか
な?
 そろそろと犬小屋に近寄って、中を覗きこんでみます。すると、いましたっ! ちっちゃ
なわんこです。
 お昼寝をしてるらしく、すーすーと寝息が聞こえます。なでなでしたいけど、そうした
ら起きちゃうかもしれません。残念でしたが、今日はあきらめてお部屋に戻りました。



 診療所に来てから1週間ほど経った頃、なんと! 鳴海さんが来てくれました。すごく
びっくりしました。
 でも、私は心のどこかで望んでいたのかもしれない。鳴海さんが来てくれることを。こ
んな姿を見られたくなかった。けれど、会いたいって気持ちも間違いなく私のもの。実際、
私は嬉しかったんだと思う。鳴海さんが来てくれた日はすごく調子がよかったから。
 それに、あんなにも幸せな気持ちになれたのだから。
 鳴海さんと交わしたキス。……鳴海さんの心が直接伝わってくるようだった。鳴海さん
は私のことを『好き』だと思ってくれている。……勘違いかもしれない。むしろ勘違いの
方がいいのかもしれない。
 鳴海さんに悲しい想いをしてほしくないから。
 あ、もしかして、私の気持ちも鳴海さんに伝わってないだろうか。決して形には出来な
い、言葉には出来ない、この想い。
 こんなことを考えてしまうのは、やっぱり元気が出てきている証拠なのかな。いつのま
にか鳴海さんのことばかり考えてしまっているのだから。



 でも、ごめんなさい、鳴海さん。私はあなたにお願いしてしまいました。
 決して叶うことはないお願い。
 でも、もしかして。
 そう思う事は、私にとって何よりも幸せな時間でした。
 鳴海さんに「あの言葉」を言ってもらって。
 私も鳴海さんに「あの言葉」を言って。
 それから始まる2人の未来。
 とても幸せな、夢。
 あなたを苦しめてしまうことになるってわかっているのに、私は……。



 私は小さい頃からこんな身体だから、いつそうなってしまうか、お医者さまにもわかり
ませんでした。
 自分が生まれて来た意味って、なんなんだろう?
 その意味を探すために、ううん、探したいから今まで生きてこられたのかもしれません。
 小児科の看護婦になりたいという夢。
 その夢が叶わなかったのは残念だけど。
 代わりに、こんなにも素敵なことを体験できました。
 いろんなことを体験したいと、思っていました。
 でも、『好き』だけは体験したくないと思っていました。
 そう思っていたのに。
 いつの間にか私は体験してしまっていたようです。
 よかった。
 体験できてよかった。
 怖いとか、いろいろな理由をつけて体験したくないと思っていたことが、実は1番素敵
なことでした。
 そして、その素敵なことを私に与えてくれたのは。
 鳴海さん。あなたです。
 今なら、私は自分が生まれて来た意味がわかります。
 ありがとうございます、鳴海さん。



 夜空を見上げると、たくさんの星たちが輝いていました。
 今頃、鳴海さんは何をしているんだろう?
 お風呂に入っているのかな?
 それとも、もう寝ちゃってるのかな?
 もしかして、私宛のお手紙を書いてくれているのかな。
 あなたのことを考えることが出来るのがとってもうれしいです。
 少し眠たくなってきました。
 鳴海さんのことを考えていると、幸せな夢が見られそうです。
 それでは、鳴海さん。
 またね、です。



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの天川蛍の聖誕祭用です。
今回はショート・ストーリーとも言えないような気がします。
決して〆切のせいではないので、何も言えません。
すべては僕の力量不足が原因です。
それではまた次の作品で。



��003年6月26日 天川さんの生まれた日