2003/08/28

「あの人の背中を追いかけて」(君が望む永遠)



「ここが、白陵柊かあ……」
 長い長い坂を登った先にある学園。白陵大付属柊学園。
 私のお姉ちゃんが通っている学園。そして、私の尊敬する速瀬水月先輩が通っている学
園。
 水月先輩の泳ぐ姿を始めて見た時から、水月先輩は私の憧れだった。
 水月先輩が見ているものはなんだろう?水月先輩と同じぐらい速く泳ぐ事が出来れば、
私にもわかるのかな?
 私の夢は、速瀬水月先輩と一緒にオリンピックの舞台で泳ぐことだ。そのためには、もっ
ともっと速く泳げるようになりたい。
 だから水月先輩のことを色々知りたい。
 今日ここに来たのは、水月先輩の新たな一面が見られるかもしれないからだ。
 こないだ、お兄ちゃんがうちに来た時に話してくれたんだ。水月先輩のこと。
 あ、『お兄ちゃん』ってのはお姉ちゃんの彼氏のこと。まさか、あのお姉ちゃんに彼氏
ができるなんて想像もできなかったよ。それで、どんな人か気になって、お姉ちゃんにつ
いていって見たら、……65点の彼氏でした。
 でも、それなりにおもしろいし、暇つぶしにもなるし、いいかなあ~って思ってる。
 そのお兄ちゃんが教えてくれた。水月先輩が喫茶店のウェイトレスをやるのだというこ
とを!!
 いつもの水月先輩からは想像も出来ないその姿。水月先輩のファンとしては見逃すわけ
にはいかないのです!
 お姉ちゃんからは見に来ちゃダメって言われたけど、はい、わかりましたって返事する
わけもなく、わざわざお姉ちゃんの予備の制服を探し出して、今ここにいるのだった。
「しかし、どうでもいいけど。お姉ちゃんの制服ってちょっと大きくない?」
 スカートはぴったりなんだけど、どうも胸元あたりがすーすーするんだけど……。これ
がもしかして3年の違いってやつなのかな、あははー。……お姉ちゃん、おそるべし。
 いつまでも門のところに突っ立っててもしかたないので、いよいよ私こと、涼宮茜は学
園内に潜入することにした。時計を見ると、12時を5分ほど過ぎた頃だった。



「いらっしゃいませ!M’s メモリィへようこそ!!」
 もう何度この挨拶を繰り返したことだろうか。
 開店してまもなく座席は満席となり、お客は絶えることがない。それどころか順番待ち
のお客が増える一方なので、急遽『時間制』の許可が白秋祭管理委員会から出たほどだ。
注文した物を食べ終わってもなかなかお客が出ていかないからだ。普通なら大したことは
ないのだろうけど、お客でいっぱいのこの状況なら話は別。お客の回転をよくするために
も『時間制』は当然のことといえよう。
「ただ、回転がよくなったら仕事量がその分増えるのよね……」
 目が回る忙しさとはこのことだろうか。常日頃、水泳で鍛えている私だったが、見えな
い緊張と慣れないメイド服。そして、恥ずかしさという最大の敵が相乗効果を発揮して、
私の肉体を蝕んでいた。……要は疲れたってことなんだけどね。
 お客の注文を調理場にオーダーして、注文が出来上がるまでのわずかの間が休憩時間だ。
この忙しさは時給1500円はもらっても割にはあわない、と思う。
「水月さん。3番の注文できたわ!」
 委員長の調理場からの声を聞くと、徐々に重くなりつつある身体に力を入れ、オーダー
を『御主人様』の元へと運ぶのだった。
「お待たせしました、御主人様。M’sセットでございます」
「ああ、どうも」
「それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
 すでに私は一流のメイドさんになりつつあった……。



「えーっと、水月先輩のクラスは……3階かあ」
 受付でもらった白秋祭のパンフレットを見ながら階段を上る。どこの出し物も魅力的で
はあるのだが、全部見てまわっている余裕はないので、やっぱり水月先輩のとこをメイン
にすることにした。
 水月先輩のクラスを目指して歩いていると、目の前にヘンなお化け屋敷があった。
『一億万回死ぬかもしれないお化け屋敷』
 どこかで聞いた事あるよーなないよーな。パンフレットを見てみると……B組の出し物
らしい。えっと、確かB組って、お姉ちゃんのクラスだよね? ということはこのネーミ
ングは……。
「さあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい~。『一億万回死ぬかもしれないお化け屋敷』
だよ~。もしかして卒倒したり気絶したり意識不明になっちゃうかもしれないよ~。さあ
どうぞ~」
 そんなこと言われて入る気になる人はヘンだと思います。呼び込みをしている人がお姉
ちゃんにすごく似ているような気がしたけど、あまり深く考えずに私は水月先輩のクラス
へと向かうのだった。



「M’s メモリィ……ここかあ」
 ようやく到着した喫茶店、『M’s メモリィ』。店内をチラっと見てみると、お客さん
でいっぱいだった。受付の人に聞いてみると、あと数分で交代するらしいので、予約用紙
に名前を記入してパンフレットを見ながら待つことにした。



チリンチリン



 ベルの音が鳴り響いた。すると喫茶店からお客さんがぞろぞろと出てきた。どうやらあ
のベルの音が交代時間を告げる合図だったらしい。
 お店の中からひとりのメイドさんが出てきて、予約のお客さんの名前を読み上げていく。
 メイドさん? 不思議に思う間もなく、私は名前を呼ばれたので列に並んで、順番に店
に入っていった。
「いらっしゃいませ!M’s メモリィへようこそ!!」
 総勢七人のメイドさんが一斉に挨拶をする光景は、ある種のプロ意識を感じさせられた。
この人たちは間違いなくメイドさんだ。そう思わせる何かが、そこには、その空間にはあっ
た。
「おかえりなさいませ、御主人様」
 そう言って顔をあげたその人は、
「み、水月先輩?」
「あ、茜?」
 私も水月先輩もお互いにびっくりしていた。何より水月先輩は、知り合いにこんな姿を
見られることが特に恥ずかしかったのだろう。顔が真っ赤になっていた。
 しかしながら、さすがはプロというべきか。動揺しながらも私を席へと案内して、注文
を取っていった。



「ちょっと水月さん? さっきの態度はどういうことなの」
「あ、委員長。たまたま知り合いが来ててさ……」
 弁解しようとしたら、
「委員長って言うな!」
 と、怒られた。
「……じゃあ、なんて呼べばいいのよ」
「侍従長です。侍・従・長。もしくは下の名前で読んでください」
 委員長のメイド像がどういうものなのかイマイチ理解できないけど、さすがに侍従長は
ないだろうと思ったので、下の名前で呼ぶことにした。でも、下の名前ってなんだっけ?
「あ、麻奈麻奈ー。アイスティーひとつねー」
「了解。せめて、さん付けで呼んでくれないかな。そして私の名前は麻奈です」
 別のメイドの子の注文を聞きつつ、委員長は注意をしていた。……マナマナ?



「いってらっしゃいませ、御主人様」
 水月先輩に送り出されて、私はM’s メモリィを出た。
 水月先輩は最初こそ動揺していたが、その後は完璧なメイドさんだった。私が話し掛け
てもにっこり笑うだけで答えてくれない。世間話には相槌を打ってくれたりするのだが、
プライベートに関することは全て笑顔ではぐらかされた。
 残念ではあったが、水月先輩の新たな一面を見られて私は満足だった。
 このときのことが印象に残っていたのだろう。
 3年後、私は水月先輩に追いつくべく、アルバイトに行っていた。
「いらっしゃいませ! すかいてんぷるへようこそ!!」



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
水橋かおりさんの聖誕祭用と、ヒロインの速瀬水月の聖誕祭の後夜祭用を兼ねてます(笑)。
段々脱線して行っているよーな気もしますが……フィクションですから、ま、いいか。
本編にからんでない、という前提で書くと、とても楽ですね(笑)。
それではまた次の作品で。



��003年8月28日 水橋かおりさんのお誕生日



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