2004/03/22

「あの人への想い」(君が望む永遠)



 8月27日は、私にとって、忘れられない日になりました。



��日前、夜



 昼の暑さがまるで夢だったのではないかと思わせるぐらい、その日の夜は涼しかった。
 まだ秋の訪れには早いはずだ。天気予報によると、明日も明後日も快晴のお天気で
あることから、この涼しさはきっと今夜だけのものなのだろう。
 理由はさておき、涼しいので勉強もいつもの2割増ではかどっているような気がする。
 そうして、8月24日の夜は更けて行った。……いや、更けていくはずだった。



 1通のメールを受け取るまでは。



 時計の針が23時を過ぎ、少し休憩しようと思って椅子から立ち上がった時、充電器に
置いてある携帯電話からクラシックのメロディが流れた。
 それは私、涼宮遙の携帯だ。私はメール着信音を落ち着くクラシック曲に設定している。
 私はさっきまで座っていた椅子にまた着席。携帯電話を開いて見た。
「……あ、水月からだ」
 そのメールは、私の親友、速瀬水月から届いたものだった。



 水月とは、私が病院から退院して以来、まだ一度も会っていない。そろそろ1年近くに
なるけど、なかなかお互い後一歩を踏み切ることが出来ないからだ。
 退院してから約半年後、私の誕生日に水月は電話して来てくれた。その時は突然の
ことでびっくりして、でも嬉しくて。あまりお話出来なかったけど、水月も元気でやって
るんだということがわかった。
 後日、平君を介して水月の携帯のメールアドレスを教えてもらった。
 それから私と水月は、時々メールのやり取りをするようになったんだ。
 ほら、電話では話しにくいけど、メールだと気軽に出来ちゃうものじゃない?
 なんて言うのかな。交換日記みたいな感じで、ちょっと反応がゆっくりなところも今の
私たちには合っていた。
 ほとんどが他愛もない日常のやり取りだったけど、メールだと以前のように自然に水月
とお話が出来たんだ。



 何かあったのかな……。
 私は水月のメールを読んでみることにした。



『こんばんは、水月です。こんな時間だけど、よかったかな?
やっと今日の仕事が終わったんだよね。最近はすごく忙しくて
毎日が大変です。今年の夏はお盆も休みがなくてずっと仕事
だったんだよ?信じられないでしょう。でもほんとなんだ、これが。
近況はこれぐらいにして本題に行くね。
明日から私は1週間のお休みです。すごく遅い夏休みだけど。
だから、久しぶりに里帰りしようかなーと思います。
つまり、そっちに行こうかなってこと。
ようやく気持ちも落ち着いて。
遙に逢いたくなりました。
だから、遙さえよければ都合のいい日を連絡してくれないかな。
よろしくね。
それでは~。
夜遅くに長々とゴメンね。』



 水月、戻って来るんだ……。
 メールを何度も読み返してから、アメリカに留学している茜に電話した。
「もしもし?遙です。夜遅くにゴメンね。……え、こっちは夜じゃない?
あ、そっか。あはは、間違えちゃった。あのね……」



��日前、夜



 私は、ゆうべの茜との電話のやり取りの内容と私の予定と、その他諸々を考慮して出た
結論を水月にメールで送った。



『こんばんは、遙です。今日は1日中暑かったねえ。今も部屋の
温度計が25度を指してるから今夜は寝苦しいかもしれないね。
さて、ゆうべのメールの件ですが、私も水月に逢いたいです。
逢っていろいろお話したいよ。
それで、日にちなんだけど。明後日の8月27日はどうかな?
時間は3時で、集合場所は柊町駅前のコンビニ。
最近新しく出来たところだから水月は知らないかもしれないけど、
まだきれいでコンビニは1軒しかないからすぐわかると思う。
これでどうかな?』



 メールを打ち終わって送信した後、私はのんびりとお風呂に入った。
 いつもより時間をかけて丁寧に髪の毛を洗う。髪の毛のお手入れってなかなか大変なん
だよね。忙しい時は、つい扱いが雑になっちゃうけど、そうすると髪の毛が痛んできちゃ
う。
 何でもそうだけど、毎日の積み重ねが1番大事なんだね。
 1時間ほどお風呂で過ごして部屋に戻ってきた。
 携帯を見ると、メールが届いていた。



『水月です。ほんと今日は暑いね!普段はなるべくエアコンを
使わないようにしてるんだけど、今日はガマンできないよ。
メールありがとう。うん、27日の3時で柊町駅前のコンビニ
だね。オッケーだよ♪
実は今日こっちに戻ってきた時に、そのコンビニに寄ったの。
きれいだし、結構品揃えもよさそうじゃない。
ではでは、当日にお会いしましょう~。』



 水月からのメールだった。日付もオッケーでよかった。
 実は水月にはナイショなんだけど、今、水面下で秘密の計画を実行中なんだ~。
 当日どうなるか、今から楽しみだな。



��日前



 ドタバタと忙しい1日だった。朝から出かけて買い物をして、昼からはずっと準備で
あたふたあたふた。でも、その甲斐があって、なんとか準備が間に合ったよ。
「後は、明日になるのを待つだけだね、姉さん」
「そうだね。疲れたでしょう?今日は早く寝たほうがいいよ」
「うん。……そうだ!久しぶりに一緒に寝よっか?」
「え?」
「いいじゃん、たまには~。可愛い妹のお願いは聞いてくれないとお姉ちゃん失格だよ」
「……しょうがないわね。今日だけよ?」
「うん。だから姉さん好き~♪」
 そう言うと、茜は抱きついてきて、ちゅっとほっぺにキスをした。
 くすぐったいよ~。
 あ、なんで茜がいるのかってことは明日のお楽しみです。
 明日は晴れるといいな。



��月27日



 朝、目が覚めるとすでに時計の針は8時を回っていた。いつもは遅くとも7時過ぎには
起きているので、ちょっと寝すぎたかも。
 幸い、水月との約束の時間にはまだかなりの余裕があるからいいんだけど。
 朝食を食べるためにキッチンに行く途中、茜の部屋に寄ってみた。
 コンコン
 …………。
 ノックをしても返事がないので、そーっとドアを開けてみると茜はぐっすりと眠ってい
た。
 しかたないよね。昨日は準備に一生懸命がんばってくれたんだから。
 私は茜を起こさないように再びそーっとドアを閉めると、今度こそ朝食を取るために
キッチンへ行った。



 朝食を食べてからはいつものように勉強開始。実は私、来年は白陵大に行こうと思って
いるんです。絵本作家になりたいという夢は、3年経っても色褪せることなく私の中に
残っていたから。その夢を実現するためにも、大学に行ってもっと勉強したい。
 そのためにも、毎日のお勉強はかかさずやっていきたいな。



 2時ごろ、ようやく茜が起きてきた。時差の関係か、それとも昨日の疲れか、まだ少し
ぼーっとしているようだった。
 髪の毛についていた寝癖を指摘すると、これはいいの!と怒っていた。
 あ、そうか。そう言えばそうだったね。えーとなんて言ったかな……あほ毛?



 ぷんぷん怒っている茜を残して、私は家を出た。髪のセットをして、お気に入りの白い
ワンピース、お気に入りの帽子を身につけて。
 だって、今日はすごくいいお天気なんだから。



 2時半よりちょっぴり前に柊町駅に着いた。コンビニに行ってみたが、水月はまだ来て
いない。日陰になっている場所を探して、そこで水月を待つことにした。
 駅前は平日なのでサラリーマンの姿は少ないが、まだ夏休みなので高校生ぐらいの
若い人たちの姿が多いように思えた。



 そう言えば、私もここで待ち合わせしたっけ……。
 まだ白陵に通っていた4年前の夏。いろんなことがすごいスピードで駆け抜けて行った
あの夏。
 花火大会、カラオケ、プール、ミートパイ記念日、おまじない、絵本作家展……。
 それらは4年も前のことなのに、私の中ではまだ鮮明な記憶で残っていた。



 そんなことを考えていると、ぽんっと肩を叩かれた。
「久しぶりだね、遙」
 肩を叩かれた方向を向くと、そこには少し髪を伸ばした水月が立っていた。
「ごめんね、急いで来たんだけど待たせちゃったかな?」
 手を合わせてごめん、とあやまる水月の姿は、私の記憶のままの水月だった。たとえ
時間が経っていても、その人が持つ雰囲気というものは変わらないみたい。
「ううん、大丈夫だよ。だって……ほら、まだ3時前だもん。遅刻じゃないから平気」
 左手に着けていた腕時計を見せると、水月はよかったーと胸を撫で下ろしていた。
「立ち話もなんだから、ちょっと歩こっか。でもその前に…」
 そう言うと水月はコンビニに入って行って、すぐに出てきた。手に持ったビニール袋
には飲物とおやつ。
「よし、準備OK!しゅっぱつ~」
「うん」
 そうして私たちは歩き始めた。
 どこへ行くかなんていちいち確認する必要もない。大切なのは場所じゃなくて、2人が
今ここにいるということだから。
 歩きながらちょっとずつ水月とお話。話題は最近のこととか主に近況報告かな。
 逢う前は少し不安だったけど、実際逢ってみると意外なほど自然に話す事ができて
自分でもびっくり。もう少しぎこちなくなるかと思ってたけど、私たちはすごく普通に話
すことができた。
 多分、水月が以前と変わらない感じで話し掛けてくれたことが大きいと思う。
 そういうなんでもない当たり前のことが、すごく嬉しかった。



 歩いているうちに公園の近くを通りかかった私たちは、どちらが誘ったわけでもないが
公園へと入って行った。
 町中にある公園にしては緑が多く、結構広い。
「ふーん、この公園まだ残ってたんだ…」
 水月が呟く。
 それもそのはず。この公園はいつだったかは覚えてないが、取り壊されることが
決まったという告知の張り紙が張られていた公園だからだ。だけど、どうしてなのか
取り壊しは中止になって今に至っている。
「あ、あそこのベンチに座ろう、水月」
 ちょうど木陰になっているベンチを見つけた私は、水月を誘ってベンチに座った。
「はい、遙」
 水月が先ほどコンビニで買った飲物を渡してくれた。私はありがとうと言って受け取り、
それを一口飲んだ。
 公園は私たちの他には人影がなく、静かだった。3時半ごろになっても夏の日差しは
衰えない。確かにこの辺りの子どもたちの数が少なくなっていることもあるだろうが、
この暑さの中、遊びに行こうと考える子はいないようだった。



「ねえ、水月」
「なに?」
「また……伸ばし始めたんだね。髪」
「うん。……もう、短くしておく理由も……ないから」
「………………」
 セミの声がBGMとして聴こえていたが、いつの間にか静かになっていた。
「もうそろそろ、ポニーテールも結えそうだね」
「うん。今ぐらいの長さって中途半端だから、いろいろと不便なんだ。やっぱり私には
ポニーテールが一番かなーなんて思ったよ。仕事場ではあんまり関係ないんだけど」
「仕事って、何のお仕事してるの?」
「あー、言ってなかったけ。私、先生だよ」
「……え?」
 …………水月が先生?
「と言っても、スポーツクラブの水泳教室の先生なんだけどね」
 ぺろっと舌を出して水月が笑う。
「そっか。先生なんだ。すごいね」
「そうでもないよ。ただ、なんて言うのかな。最初はなんとなく選んだんだけど、やっぱ
り水が性にあってるのかもしれない。泳いでると気持ちいいんだね。いろんなモヤモヤ
してることも、ふわっと軽くなる感じ。正直、白陵で泳いでるときはそんなふうに思うこ
とってなかったから」
 コクリ、と手に持った飲物を飲む水月。
「だから、今は結構楽しいよ。休みが少なくて大変だけど、それでも楽しいんだ……」
 水月はそう言うと、袋の中からおやつを取り出して食べ始めた。
「はい、遙。『いもきんつばポリッチ』おいしいよ」
 おもむろに差し出されたそれを条件反射で受け取る私。こんなのあるんだ……。
「ところでさ、遙は今何やってるの?」
「……私?私は白陵大目指して勉強中の毎日だよ。涼宮遙は受験生なのです」
 ポリッチを食べながら答える私。あ、これおいしい。
「そうなの?てっきり私は花嫁修業中の身なのかと思ってた。あははっ」
「私、絵本作家になりたいんだ。そのためにも大学に行っていろいろ勉強したいの」
「そう言えばそうだったね。遙の部屋って、絵本博物館並に絵本がいっぱいあったっけ」
「そんな建物あるのかな?絵本美術館はあるんだけど……」
「え、ほんとなの?」
「…………」
「や、やあねえ。シャレじゃないわよ。でもそんなのあるんだ……」
 なんだか妙なところで感心している水月だった。



 ……。
 …………。
 ………………。



 ふいに、会話が途切れた。



 静かになっていたセミの声はいつの間にか再開していた。
 時々ポリッチを食べる音や飲物を飲む音だけが聞こえる。
 しばらく、時間は静かに流れていた。



「……あのね、遙」
「……なに、水月」
「………………」
「………………」
「実は今回戻ってきたのは、遙に逢いたかっただけじゃないの。遙に、これを……
受け取ってほしくて」
 水月がカバンから取り出したそれは、シンプルな真っ白の包み紙で包まれていた。
 中身は、指輪だった。シンプルな形だけど、それがこの指輪には合っているように
思えた。
「これは……?」
「私が…………孝之からもらった指輪なの。誕生日に」
「……え?」
「あの日、偶然孝之と出会った私は、ちょっとしたイタズラ心で孝之にプレゼントを
ねだってみたの……」
 あの日(私が事故にあった日だ)が誕生日だった水月は、偶然会った孝之君に
誕生日のプレゼントをねだってみた。半分冗談で指輪を選んだら、渋った末に
孝之君は買ったあげたらしい。
「どうして……、どうしてこれを私に?」
 水月にとっては大切な指輪のはず。なのにどうして…。
「これは水月にとって思い出のつまった物なんじゃないの?」
「……そうね。良い思い出もそうじゃない思い出も、いっぱいあるわ。でもね……」
「…………」
「でも、私にとっては過去の大切な思い出だけど。いつまでもそれにすがって生きて
いくわけにはいかないもの」
「…………」
「遙、孝之のこと……好き?」
「……うん、好きだよ」
 はっきりと、答えた。
「なら、それはやっぱり遙に持っていてほしいの。孝之を好きなあなたに」
 …………。
「それに、遙だから渡したいと思った。他の誰でもない、遙だから」
 指輪をじっと眺める。それは使い込まれた物だけが持つ雰囲気があった。それは
水月がこの指輪とともに過ごし、そしてこの指輪を大切にしてきたという証でもある
ように思えた。
「ひとつだけ、聞いてもいいかな」
 私は水月としっかり向き合って、質問した。



「水月は、孝之君のこと、好きですか」



 ………………。…………。
「うん。好き、だったよ」
 水月は、私の目を見つめて、そう答えた。
 ………………。
 水月の言葉を聞いた私は、ゆっくりと指輪をはめてみた。右手の薬指にはめて
みると少しきつかった。だから今度は左手の薬指にはめてみることにした。
「あ……」
「ぴったり、だね。遙」
「うん。……ありがとう、水月。ずっと……」
「なに?」
「ずっと……大切にする、よ……」
 私はそこまで言うのが限界だった。
 私は水月にしがみつくと、こらえきれなくなって、泣いた。
 水月も私を抱きしめて、いっしょになって、泣いた。



 ………………。



 しばらくしてから、私たちは離れた。顔はお互い涙でぐしょぐしょだった。
「こうやって泣くのは、2回目だね」
「うん」
 私たちはもう1度、お互いを抱きしめあった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



「でもいいの?お邪魔しちゃって」
「もちろん。せっかく帰ってきたんだから、寄っていって」
 あれから私たちは歩いて遙の家まで来ていた。
 私はそのまま実家まで帰るつもりだったんだけど、遙がどうしてもって言うから
お邪魔することにしたんだ。
「ただいまー……あれ、誰もいないのかな」
「お、お邪魔しまーす。……出かけてるの?」
「うーん、そうかもしれない。あ、リビングに行ってて。今、お茶持っていくから」
 遙がそう言うので、私はひとりリビングへと向かった。勝手知ったるなんとやら。
白陵にいた頃は何度も遙の家に遊びに来てたから、リビングの場所ぐらいは
覚えている。
 ただ私が心配だったのは、茜のことだった。あの時以来、茜とは話をしていない。
 遙とはメールでやり取りしてたから少しは楽に話し掛けられたけど、実際は
話してみるまですっごくドキドキしていた。
 だから、茜と話すことを思うと、ちょっと躊躇してしまっているのも事実だ。偶然に
今は留守にしているようだから、今日のところは都合がよかった。
 私は迷うことなくリビングに着いた。そしてドアを開ける。すると、



 パンパンパン!!!



「わぁっ?!」
 突然の音に、私はびっくりして尻餅をついてしまった。
 な、なんなの?
 何が起こっているかわからない私に、すっと手が差し伸べられた。
「ご、ごめんなさい。そんなに驚くとは思ってなかったから……」
 そう言って手の差し伸べてきたのは、
「あ、茜……?」
「はい。……お久しぶりです。水月先輩」
 茜は私の手を取って立たせると、ぺこりとお辞儀をした。
「も~、だからやめておきなさいって言ったのに」
 遙が飲物を持ってリビングにやってきた。
「だって、びっくりさせたかったんだもん……」
 しょんぼりしながら答える茜。
「じゃあ、留守だと思ってたのは……」
「はい。全部驚かせようと思って仕組んだことなんです。そのために姉さんにも
水月先輩を連れてきてもらったんですよ」
 なんだ、そうだったんだ…。
 気が抜けた私は、へろへろと床に座りこんだ。
「ご、ごめんね。びっくりさせて。だって今日は…」
「水月先輩のお誕生日だから、内緒にして驚かせたかったんですよ~」
 遙の言葉を受け継いで、茜が答えた。



 え?



 見ると、テーブルの上にはケーキが。リビングにはいろいろと飾りつけが
してあった。
「お、覚えててくれたの?」
「もちろんだよ、水月。親友の誕生日は忘れないよ」
「そうですよ。おめでとうございます。そして……お帰りなさい、水月先輩」
 遙……茜……。
「あ、りがと……う」
 私は2人に抱きついて、今日2回目の涙を流した。
 遙も茜も、そんな私を抱きしめてくれ、優しく頭をなでてくれた。
「……今日は、再会お祝い記念日だね!」
 もらい泣きしながらの遙の言葉に茜は嫌そうな顔をしたが、私は
「うん」
 と、素直に頷いていた。
 ありがとう。最高の贈りものだよ。



そして――



 教会の鐘が鳴り響く音が聴こえる。
 いよいよ、かな。



 桜の花が舞う季節。
 今年は例年より開花が早かったせいか、すでに満開だ。
 私は、ある教会の外、少し離れたところに立っていた。
 遙から届いた結婚式の招待状。
 出席に丸をつけたものの、教会の中に入るのはなぜかためらわれた。
 そんなわけで、私は教会の外で遙が出て来るのを待っていた。
「ここにいたんですね、水月先輩」
「……茜」
 振り向くと、そこには遙の妹の茜が立っていた。
「どうして中に入らないんですか。私、受付でずっと待ってたのに」
「うーん、なんとなく。決して遙をお祝いしたくないわけじゃないわよ」
「ええ、わかってます」
 茜はにこにこと嬉しそうだ。
「でもどうして茜がここに?中にいなくていいの」
「えっとさっきまでいたんですけど、今日の主役は姉さんだし、水月先輩の
ことも気になってたので抜けてきちゃいました、えへっ」
 まったくもう、この子は。
「それはそうと、茜。今年はいよいよオリンピックの年だけど、調子は?」
 茜は、水泳選手としてはちょっと多き目の胸を叩いて答えた。
「ばっちりです。まかせてください。掲示板の一番上に『AKANE SUZUMIYA』の
表示を出して見せますから」
 やけに自信たっぷりだが、この子にとってはこれぐらいがベストなのかも。
「がんばってね」
「はい!……あ、そろそろ姉さん出てきますよ。行きませんか?」
「あ、うん。もうちょっと後で行くわ」
 そうですか、と頷いて、茜は教会の近くへと歩いていった。
 きっと遙が投げるブーケを取りに行くのだろう。
 私も欲しくないわけじゃなかったけど、教会の中に入ってなかったから、
あの場に行く勇気はなかった。
 そんなことを考えていると、遙が出てきた。隣には、旦那様である孝之。
 遙は真っ白なウェディングドレスで、ほんとうに綺麗だった。
「遙、すっごく幸せそうだな……」
 遙のその笑顔が見られただけでも、今日ここに来た甲斐があったという
ものだ。これ以上の高望みはバチが当たってしまうだろう。
 やがて、遙はブーケを構えて、空高く放り投げた。
 ブーケはゆっくりと空を舞い、なんと茜の元へと落ちていく。
 茜の手にブーケが収まろうとしていたその時、



 一瞬、強く吹いた風がブーケを再び舞い上がらせた。



 ブーケはふわりと空を舞い、私の手にぽすっと収まった。
 え、いいのかな。
 遙のほうを見ると、私のことに気づいてびっくりしているようだった。



 ありがとう、遙。忘れられない贈り物だよ。



 私は遙と孝之にお祝いを言うために、2人の元へ歩き出した。



 桜の花が舞う季節。
 私たちの想いは、遠く離れた場所にいても1度溶けあった想いは、決して
離れることはない。
 その想いのひとつひとつの積み重ねが、私たちが望む永遠を作り上げていく。









Fin



あとがき



PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの涼宮遙の聖誕祭用です。
まずはじめに、読んで頂いてありがとうございました。
このSSは遙エンド後のお話として書いています。
僕が以前に書いたSSの「Happy Birthday!!」と「1年で1番幸せな記念日」の
後のお話になっていますので、興味がある方はそちらもご覧ください。
途中から水月視点になったのは自分でも意外でしたが、これはれっきとした
遙SSです。
今回のコンセプトは、水月から遙への指輪の受け渡しでした。
どうしてもこのシーンだけは書きたかったんです。
ラストが遙の結婚式になったのは、ウェディングドレス着用企画にヒントを頂いた
からですが、思ったよりもいい感じに仕上がったかなと思います。
やっぱり水月にも幸せになってもらいたいですから。
とにかく、これで僕が書く遙メインのSSは完結です。
もう少しライトな感じのSSは書くかもしれませんが、シリアスな雰囲気のものは
書かないと思います。



それでは、また次の作品で。



��004年3月22日 涼宮遙さんお誕生日♪