2006/01/08

真冬の薄荷(処女はお姉さまに恋してる)(梶浦 緋紗子)



業務報告~。
読み物広場に、SS「真冬の薄荷」を追加しました。
おとボクのサブキャラ、梶浦 緋紗子さんの聖誕祭用のSSです。
上のリンクからでも下のリンクからでも、お好きなほうから
どうぞです~。
上はいつものhtmlで、下ははてな仕様になります。





真冬の薄荷(処女はお姉さまに恋してる)(梶浦 緋紗子)



 年が明けてから、一週間が過ぎた。
 今年は去年の暮れから例年にないほどの寒波が来ていることもあって、
早くも雪が積もっている。
 幸いにして太陽が当たる部分の雪は溶けているが、日陰にはまだ残雪が
残っていて、その白さが鮮やかに私の目には映っている。
 恵泉女学院。この学院とも今年でおわかれだと思うと、少し寂しく
悲しい気持ちになる。
 でも、ずっと囚われていた私の心を解き放ってくれたしおのために、
そして、私自身のためにこの学院から巣立つことを決めたのだから。
 だから、3学期が始まるにはまだ少し早いけど、私は学院に来ていた。
 名残を惜しむように、けれど後悔のないように。



『薄荷』
 「シソ科ハッカ属の植物の総称。独特の香りがある。ミント」
 「シソ科の多年草。湿った草地に自生。また香料や薬用とするため
古くから栽培される。8~10月、葉腋に淡紫紅色の小花を輪状につける」



 年が明けてから恵泉の学生寮に戻っていた宮小路瑞穂は、国語の勉強の
最中に辞書を調べていて、ふと目に入った『薄荷』の項目を読んでいた。
「そうか、薄荷は夏の植物なのね……」
 薄荷といえば、すっきりするもの。それぐらいの認識しかしていなかった
瑞穂だが、今年になってからは、いつも薄荷味のキャンディーをくれる
人の顔が脳裏に浮かんだ。
「そう言えば緋紗子先生、いつでも学院にいらっしゃいって
言ってたっけ……」
 お正月の三が日を除いて、学院に入ることはできるということを、
休み前に緋紗子先生から聞いていたことを、瑞穂は思い出した。
 なんでも、自分から学院の宿直を買って出たらしい。
「ちょっと、行ってみようかな」
 ちょうど息抜きしたいところでもあり、図書室で調べ物をしてこようと
思って、瑞穂は立ち上がった。



 寮の階段を下りていくと、食堂のほうから話し声が聞こえたので顔を
出してみると、奏と由佳里が仲良く勉強している様子が見えた。
「あ、瑞穂お姉さま。お茶ですか?」
 瑞穂に気づいた由佳里が、嬉しそうに話しかけてきた。
「いいえ、声が聞こえたから少し覗いてみただけなの。ふたりとも、
冬休みの宿題をしているの?」
「ええっと、奏は宿題は終わっているのですが……」
 言いづらそうにしている奏の目の前で、由佳里は苦笑いを浮かべている。
 どうやら、奏はすでに宿題を終わらせているようだ。
「なるほどね、わかったわ。がんばってね、由佳里ちゃん」
「は、はいぃ~……」
 由佳里は疲れた声で返事をした。どちらかと言えば身体を動かすことの
ほうが得意な由佳里なので、どうも勉強にはイマイチ身が入らないようだ。
「お茶ではないということは……お姉さまはお出かけですか?」
「ええ。ちょっと学院の図書室に行ってきますね。夕食までには戻ります
から」
「はい。わかりましたなのですよ~」
 奏はいつもの笑顔でそう答えた。
「由佳里ちゃんも、宿題しっかりね。……そうね、もし私が帰ってくる
までに終わっていたら、ごほうびでもあげましょうか。どうかしら?」
 それを聞いた途端、由佳里は背筋をぴんっと伸ばし、宿題に取り組み
始めた。
「あら、現金なものね。では、奏ちゃんも由佳里ちゃんのサポートを
してあげてね。ふたりにごほうびを用意しておくから」
「はい! いってらっしゃいませなのですよ~」
 嬉しそうな奏に見送られ、瑞穂は学院に向かうのだった。



 外出用のコートで身を包んでも1月の空気はやはり冷たく、時折
吐き出す吐息は白く立ち上る。
 寮から学院までは徒歩で数分の距離だが、それでも寒いものは寒い。
 だからといって身体を丸めて歩く、というようなことはしない。恵泉の
生徒として、そして学生たちの憧れの「エルダー・シスター」である
瑞穂は、いつもどおりに歩いている。その歩く姿の美しさは、学院の
女生徒たちが見ていたら、思わず目を奪われるほどであった。
「しかし、太陽が出ていてよかったわ……」
 そんなことを呟きながら瑞穂は学内に入り、人気の無い校舎を職員室に
向けて歩いていった。
「失礼します……って、誰もいないのかしら」
 職員室の扉を開けて中を覗いた瑞穂は、やはり人気の無い職員室を見て
呟いた。
 緋紗子先生がいるはずなのだけれど、どこにいるのかしら。
 先生は職員室にいると思っていた瑞穂は、当てが外れてどうしようかと
思っていると、隣の部屋の扉が開いた。
「……誰ですか? ……あら、瑞穂さんじゃない」
 その部屋からひょっこり顔を出したのは、瑞穂が探していた緋紗子先生
その人だった。
「緋紗子先生。よかった、こちらにいらっしゃったんですね」
「ええ。ひとりで職員室にいるのも変だし、宿直室でのんびりさせて
もらっているの」
 宿直室の中はエアコンが効いていて、寒さで凍えてしまった身体には
とても心地良い。
「それで、今日はどうしたの。まだ冬休み中だと思うんだけど?」
「ええ、ちょっと図書室を使わせていただきたかったので。緋紗子先生が
いらっしゃるということを聞いていましたから、寮からやってきました」
 なるほど、と緋紗子はぽんと手を叩いた。
「そっか、瑞穂さんは寮に住んでいるんだったわね。図書室ね、ちょっと
待っていてね」
 瑞穂にそう答えて、緋紗子は職員室に入っていった。そして鍵束を
手にして戻ってきて、宿直室の鍵をかけた。
「おまたせ。それじゃあ行きましょうか。きっと寒いだろうから、
エアコンつけてあげるわね」
 そう言って、緋紗子はにっこりと微笑んだ。



「あら、もういいの?」
 図書室のエアコンが動き始めて何分も経たないうちに、調べ物を
していた瑞穂が書棚の奥から戻ってきた。
「はい。思っていたよりも簡単に調べ物が済みました」
「そう。……うーん、せっかくあったかくなってきたんだし、ちょっと
お話でもしましょうか。瑞穂さんは時間大丈夫?」
「ええ、夕食までに寮に戻ればいいですから」
 そう言って、瑞穂は緋紗子の向かいの席に座った。
「もう瑞穂さんがこの学院に来て半年が経つわけだけど、さすがに
慣れたでしょう?」
「う~ん、当初よりは慣れたとは思いますが、やはり今でも緊張している
ところはありますね」
「たとえば?」
「……更衣室とか、トイレとか」
 瑞穂が恥ずかしそうに答えると、緋紗子は声を出して笑った。
「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか……」
「あははっ、ごめんなさい。そうよね、いくらきれいで外見が女の子の
ようでも、瑞穂”くん”は男の子なのよね」
「それでも、後3ヶ月ぐらいだと思うと……」
「思うと?」
「嬉しいと思う反面、ちょっと寂しい気持ちもあるかもしれません」
 そう言ってから、瑞穂は窓の外を見つめた。窓からは誰もいない
グラウンドが見えている。
「最初はお爺様の遺言だから、という気持ちでした。女装するのも
嫌だったし、いつバレるんじゃないかと冷や冷やしながら生活してました
から。でも、まりやや紫苑さんに助けられ、親しい友人も出来て、自分
でも驚いていますが、こんなに楽しく生活できるとは想像してませんでした」
「そう……充実、してるのね」
「はい」
 緋紗子の問いに、瑞穂は胸を張って答えた。
 そう、不本意ながらはじまった恵泉での生活も、あとちょっとで終わり。
紫苑さんやまりや、奏ちゃんや由佳里ちゃんたちと過ごす生活ももう少し。
だったら、最後までちゃんと「エルダー」として努めよう、と瑞穂は
思うのだった。



「私も……しっかりしなくちゃね」
 緋紗子はそう言って、立ち上がった。
 いつの間にか窓の外は夕焼けの茜色に染まっている。
「私も、瑞穂さんたちと一緒に、この学院から卒業するんだから」
 緋紗子先生の顔は、明るく笑っていた。
「それじゃあ、3学期もがんばりましょうってことで……しましょうか?」
「するって……何をですか?」
「何って、決まっているじゃない。夏休みの時も瑞穂くんをすっきりさせて
あげた、ア・レ・よ♪」
「え、えええ~~??」
 緋紗子先生は妖しく微笑むと、僕のスカートの中に手を伸ばしてきた……。



 ……。
 …………。
 ……………………。



「う~~ん、すっきりしましたね~!」
「えーと、まあ確かに……」
 図書室を出た緋紗子先生は、夏休みの時と同じようなセリフだった。
 やっぱり断れなかった僕は、進歩のないやつなんだろうか……。
「ほらほら、せっかくいっぱい出してすっきりしたんだから、元気出して!」
 ……いっぱい出したから、疲れてるんですけどね。
「それじゃあ、はいっ☆」
 緋紗子先生はいつものように、キャンディーを放り投げた。
「わっとと」
 包みを開いて口に入れると、おなじみになった味が広がっていく。
「薄荷ですね」
「ええ、好きなの。す~っとして気持ちいいでしょう?」
 緋紗子先生はにっこりと笑って言った。
「そう言えば、瑞穂くんのアレもおいしかったわね。さしずめ、私に取っての
『真冬の薄荷』ってところかしら」
 ……何の話をしているんですか。
「色も白いし♪」
 納得しちゃってるし。
「それじゃ、3学期もがんばってね。瑞穂さん!」
 そう言うと、緋紗子先生は手をひらひらさせながら歩いていった。



「ただいま……」
 寮に戻ってきた僕を出迎えてくれたのは、満面に笑みを浮かべた
由佳里ちゃんだった。
「おかえりなさい、瑞穂お姉さま! 見てください。私、ちゃんと宿題終わり
ましたよ!!」
 由佳里ちゃんが見せてくれた宿題帳は、きちんと最後まで終わっていた。
「……すごいわね、よくできました。おめでとう、由佳里ちゃん」
 やさしく頭を撫でてあげると、由佳里ちゃんは顔を真っ赤にしながら言った。
「あ、ありがとうございます……。そ、それでお姉さま、ごほうびは……?」
 あ……忘れてた。
「あの、お姉さま?」
「ご、ごめんなさい……今日は準備できなかったの」
 そう言うと、由佳里ちゃんは明らかにがっかりしたそぶりを見せた。
「ごめんなさい、由佳里ちゃん。代わりにと言ってはなんだけど、今度一緒に
ごはんでも食べに行きましょうか。もちろん、由佳里ちゃんの好きなもので
いいから」
 そう言った瞬間、由佳里ちゃんの目が光った、ような気がした。
「それって、もしかしてデートしていただけるってことですか……?」
「え、ええ。そういうことになるかしら」
「……わかりました。楽しみにしてますね♪」
 由佳里ちゃんは僕の持っていたかばんを持つと、嬉しそうに階段を登って
いった。
 ……ま、いいか。
 こうして、3学期の始まりを間近に控えた冬休みの1日は過ぎていくの
だった……。





















おわり









あとがき
PCゲーム「処女はお姉さまに恋してる」のSSです。
うーん、ちょっと予想外の展開ですね。書いてる自分で言うのもどうかと
思いますけど。
さすがは緋紗子先生といったところでしょうか。



次回予告。



緋紗子「2月、それは乙女が意中の人に愛の告白をする季節」
奏「瑞穂お姉さまとの約束で舞い上がる由佳里ちゃんに」
まりや「迫り来る数々の誘惑。はたして、ゆかりんはどうなってしまう
のか~?」
貴子「次回、処女はお姉さまに恋してるSS。
『ゆかりんのハンバーグ大作戦!』」
由佳里「ゆ、ゆかりんって言わないでくださいよ~」
紫苑「あら、可愛くっていいのではないでしょうか」
瑞穂「それは、春には少しだけ早いけど、でも心がとてもあたたかく
なるような、2月の物語……」






それでは、また次の作品で。



��006年1月8日 梶浦 緋紗子先生のお誕生日~



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