2006/03/26

未来への鍵、はばたく翼(処女はお姉さまに恋してる)(十条 紫苑)



業務報告~。
読み物広場に、SS「未来への鍵、はばたく翼」を追加しました。
おとボクのヒロイン、十条 紫苑さんの聖誕祭用のSSです。
上のリンクからでも下のリンクからでも、お好きなほうから
どうぞです~。
上はいつものhtmlで、下ははてな仕様になります。





未来への鍵、はばたく翼(処女はお姉さまに恋してる)(十条 紫苑)



 桜のつぼみが、目の前にあった。
 昨年の今頃は見たいとは思わず、むしろ目を背けてしまっていたけれど、
今年は違う。
 早く、開くところが見たい。
 そう思えるのは、心境の変化だろうか、それとも環境の変化だろうか。
 1年前には想像も出来なかった想いが、この胸の内にある。
 それを運んできてくれたのは……。
「瑞穂さん……」
 紫苑は目を閉じて想う。大切な人のことを。一生そばにいたいと思える
人のことを。
 窓を開けると、あたたかい陽射しとともに、春の匂いが部屋の中を
少しずつ満たしていった。



「おはようございます」
 卒業式の朝。教室に行くと、いつものように瑞穂がいたので、紫苑は
挨拶をした。
 何気ない挨拶だけれど、これからはできなくなると思うと少し寂しく
感じる。けれど、今は寂しがるよりも楽しくお話をしていたかった。
 圭と美智子の会話もいつもどおりで、きっとこれからもこのふたりは
仲良く歩んでいくことだろうと思い、紫苑は微笑んだ。
「どうかしましたか、紫苑さん」
 瑞穂が紫苑の表情に気づいて話しかけてくる。
「何かいいことでもありましたか?」
「ええ。私、今とっても楽しいんです」
 いつもと同じ、何気ない日常がこんなにも楽しいのだ、と。



 卒業式の答辞は、瑞穂と紫苑の2人で担当した。
 まさかこんなことになろうとは思っていなかったので、生徒会長の貴子
から話を聞いた時はびっくりした。
 実際に答辞を読み終えた後の下級生の反応がすごくて、忘れられない
想い出になった。



 それから何日か経って―――



 紫苑は恵泉女学院に向かって歩いていた。
 大学の試験を入院していたために受けられなかった紫苑は、卒業後の
進路について、学院に報告する必要があった。
 もちろん、わざわざ学院まで足を運ぶ必要はないのだが、春らしい
おだやかな陽気の中、散歩するのも悪くない。
 そう考えた紫苑は通い慣れた並木道を歩いているのだった。
 季節によって姿を変える並木は、今は早咲きの桜で満開になっている。
「きれい……」
 思わず桜に目を奪われていると、
「そうですね。とってもきれいです」
 という声が聞こえた。声のほうを見ると、
「こんにちは、紫苑」
 瑞穂がにっこりと笑いながら立っていた。



「えっ、瑞穂さんも学院に行かれるのですか?」
「ええ。まだ寮の荷物も整理できていませんしね。ここ数日は片付けに
追われている毎日です」
 並木道を歩きながら紫苑は瑞穂と話していた。
「あまりにもいい天気なので少し散歩しようと思って歩いていたら、
紫苑が歩いてくるじゃないですか。びっくりしましたよ」
「ふふふ。こんな偶然って、あるものなのですね」
 そういえば、はじめて瑞穂と会ったのも、この並木道だった。
 あの時は、この並木が鮮やかな緑色で、心地良い葉ずれの音が今でも
耳に残っている。
「紫苑は覚えていますか。私たちがはじめてあった時のことを」
 瑞穂も同じ事を考えていたのだろう、それからふたりははじめての
出会いのことを懐かしく話すのだった。



 学院に着くと、ちょうど授業が終わったころのようで、グラウンドに
何人か体操着に着替えた生徒の姿を見つけることが出来た。
 まずは最初の目的を果たすために、ふたりは職員室へ。
「あら、元エルダーのふたりが揃って来てくれるなんて、嬉しいわね」
 今年で退職される緋紗子先生も、まだ身の回りの片づけがあるようで、
もうしばらくは学院に来ることになるとのことだった。
「それで、今日はどうしたの?」
 紫苑は、緋紗子に進路について報告した。
「わかりました。まあ、あなたたちなら大丈夫だとは思うけど、1年間
しっかり勉強するように。
浪人するということは、大学に合格するための勉強をするだけではなく、
社会人としての心構えを身に付けることも必要なのですから」
 紫苑と瑞穂が仲良く声を揃えて返事をするのを聴いて、緋紗子は
ポケットから薄荷の飴を取り出した。
「それで、おふたりはいつ結婚するのかしら?」
 薄荷の飴を手渡しながら、緋紗子は瑞穂の耳元で囁くのだった。



 せっかく学院に来たのだから寄り道をしようということで、ふたりは
食堂へ来ていた。
 入ってみると、昼食時でもないのに結構な人数が集まっている。
「何かあったのでしょうか?」
 紫苑が疑問に思うのも当然だ。瑞穂は人だかりの集まっているところに
行って、合間からそっと覗いてみると、
「ったく、なんで貴子とお茶なんて飲んでるんだろうね、私は」
「それはこちらのセリフですわ。まりやさん」
 まりやと貴子が一緒のテーブルについて、お茶を飲んでいた。
 なんでまりやと貴子さんが?
 瑞穂がそう思うのも当然なこと。2人は言ってみれば犬猿の中。
最近では以前ほどぎすぎすしているわけではないが、一緒にいる風景を
見るのは珍しいことだった。
「ん、瑞穂ちゃん?」
 特別目立つ行動をしていたわけではないが、瑞穂に気づいたまりやが
声を発すると、周りの生徒たちが、ずざざっと退いて瑞穂の前に道が出来た。
どこかで見たような光景だ。
「どうしてこんなところにいるのさ。それに、紫苑さまも」
 瑞穂が振り向くと、紫苑がにっこりと笑いながら立っていた。



「それにしても卒業した4人が揃うなんて、珍しい偶然もあるものですね」
 紅茶の香りを優雅に楽しみながら貴子が言う。
「そうですね。私と瑞穂さんは学院前の並木道で、ばったりと会ったん
ですよ」
 紫苑の言葉に頷く瑞穂。
「私は寮で部屋を片付けたかったんだけど、由佳里が『練習を見てください』
って言うもんだから、仕方なく」
 やれやれ、といった感じで話すまりやに、
「なのに、抜け出して休憩しているんですのね」
 いつもの調子でツッコミをいれる貴子だった。
「だって、いつまでも私に頼ってちゃダメでしょ。もう私は卒業したんだし、
これからは自分でがんばっていくのが当然じゃない?」
「まあ、今回ばかりはまりやさんの言い分が正しい、と言わざるを得ませんね」
「ちょ、『今回ばかりは』ってどういうことよ?」
「そのままの意味ですわ」
 口を開けば舌戦が開始されるのは、この1年で随分慣れ親しんだ風景だ。
瑞穂も紫苑も、卒業しても変わらない2人のやりとりに、自然と表情が
やわらかくなるのだった。



「それに、貴子だって生徒会に用があって来たんじゃないのよ。後輩離れが
出来てないのはどちらかしらね~」
「そっくりそのままそのセリフ、お返しいたしますわ」
「……」
「……」
「「ふんっ!!」」
 まりやと貴子は一瞬睨み合った後、お互いに顔を背けた。
「たっ、貴子さんはこの後、生徒会室に行かれるのですか?」
 いつもどおりの2人のやりとりとは言え、さすがに見かねた瑞穂が貴子に
声をかけた。いささか不自然ではあるが。
「いいえ。もう用事は済ませましたので。せっかくわざわざ学院に来たの
ですから、お茶でも飲んでいこうと思って食堂に来たところ、たまたま
まりやさんがいらっしゃったので、ご一緒しているというわけです」
 そう言って、貴子は紅茶を口に含んだ。ようやく普段どおりの彼女に
戻ったようだ。
「そういうこと。ひとりでお茶を飲んでても味気ないから、貴子を誘ったのよ」
 先ほどまでの気分はどこへ行ったのやら、こちらも普段どおりに戻った
まりやが言う。
 なんだかんだ言っても、このふたりはお互い良い関係なのだろう。
言い争っていても、それは相手が憎いからというわけではないから、後には
引かないのだった。
 そうして話をしていた4人だったが、気が付けば茜色の夕日が窓から
差し込む時間になっており、ふと周りを見ると、さっきまであんなに
たくさんいた生徒たちも今ではまばらだった。
「……そろそろ、参りましょうか」
「そうですね」
「ええ」
「じゃ、いこっか」
 名残惜しい気持ちは皆一緒だが、これで会えるのが最後というわけ
ではない。
 恵泉女学院がある限り、いや、たとえなくなったとしても、ここで一緒に
過ごしたという想い出は決してなくならないのだから。
 席を立った瑞穂は、なんとなく辺りを見回した。それは、忘れ物がないか
確認しているようなしぐさで、紫苑も、まりやも、そして貴子もつられる
ように同じ行動を取った。
 そして、4人で顔を見合わせて笑いあった。
「あ、お姉さま方、ここにいらっしゃった!」
 入り口のほうを見ると、部活が終わったのだろう、由佳里と奏の姿が
あった。
「お姉さま方、ご一緒に帰りましょうなのですよ~」
「奏ちゃん、私たちはもう『お姉さま』ではないのですよ?」
「あっ、そうだったのですよ~」
 紫苑が優しい目で、奏を見つめて言った。



 校舎を出ると空は夕暮れに染まっていて、気持ちの良い風が吹いていた。
例年より少し早い桜の訪れとともに、春もすぐそこまでやってきている
ような気がした。
「そう言えば、学院前の並木道が、桜でとってもきれいだったんですよ」
 そんな春の陽気のせいか、並木に差し掛かろうとした時に紫苑がくるりと
振り向いて皆に話しかけると、
「ほんとだ。すごい……」
「いっぱい、なのですよ~」
「うわ~、こりゃまた……」
「なんとなく、こうなるのではないかと思っておりましたが……」
 由佳里が、奏が、まりやが、貴子が口々に言う。
「どうかしたのですか?」
 首を傾げる紫苑に、瑞穂が答える。
「紫苑、前を向いてみて」
 言われたとおりに紫苑がくるりと並木のほうへ向き直ると―――、



 満開の桜並木を埋め尽くすように、恵泉の生徒たちでいっぱいの光景が
広がっていた。



 それは、瑞穂たちに挨拶をしようとする生徒たちだった。食堂に瑞穂たちが
いた、という情報が伝言ゲームのように伝わったのだろう。黄色い歓声が
あちらこちらから聞こえてくる。
「瑞穂さん、これって……」
「そうです。きっと、私たちの帰りを、皆が待っていてくれたんですよ」
 紫苑は思った。



 これはまるで、二度目の卒業式のようだと。



 集まってくれている生徒は、皆満面の笑みを浮かべている。
 もう会う機会はないと思って、集まってくれた生徒たち。瑞穂を、まりやを、
貴子を、そして紫苑をもう1度見たくて集まってくれた生徒たちだ。
「私も待ってましたよー、紫苑さーん!!」
「一子さんまで……」
 集団にまぎれて一子までいた。こんなにたくさんの人がいるのだから、
多分一子の秘密に気づく生徒はいないだろう。
「びっくりしましたけど、こういうのも嬉しいものですね」
 貴子が微笑み、
「うん、悪くないわね」
 まりやが頷き、
「そうね。とっても嬉しいものだわ」
 瑞穂が手を振り、
「はい。私……恵泉を卒業出来て、よかったです」
 紫苑の目の端に、小さな雫が輝いた。
 満開の桜が舞う並木道を、4人はゆっくりと歩いてゆく。
 恵泉での物語はこれで終わりを迎えるが、これからはそれぞれの物語が
始まる。
 春は出逢いと別れの季節。
 貴子は大学へ、まりやはデザイナーを目指して。
 そして、紫苑と瑞穂は、共に過ごしていく。
 4人はそれぞれの道へ向かって、羽ばたいてゆく。
 桜が恵泉の皆を祝福するように舞いあがる。
 それぞれの未来への扉を、今、4人はくぐりぬけ、ゆっくりとゆっくりと
歩いていった……。













































END





















あとがき



PCゲーム「処女はお姉さまに恋してる」のSSです。
今回も少し遅くなってしまいましたが、紫苑さんのお誕生日ということで
書いてみました。
さて、今回はおとボクSSの集大成ということを事前に決めていたので、
それなりに意識して最終回っぽく書いてみました。
今までのおとボクSSは、厳密に言えば繋がっているわけではありませんが、
なんとなくリンクさせているつもりです。
なので、今回でお誕生日SSも一巡しましたので、おとボクSSはひとまず、
一区切りとすることにします。
ふとネタが思い浮かんだりすれば書くこともあるかもしれませんが、
少なくとも、今後、『恵泉女学院』という名称を使うことはない、という
ことだけは確かです(ぇ
次回からは「聖應」でしょうか(ええっ



これまでおとボクSSを読んでいただいた方々、どうもありがとうございました。



それでは、また次の作品で。



��006年3月26日 十条 紫苑さんのお誕生日の5日後~



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