2006/03/02

(ぷちSS)「お兄ちゃんにお願いっ!」(夜明け前より瑠璃色な)(朝霧麻衣)





「お兄ちゃんにお願いっ!」(夜明け前より瑠璃色な)(朝霧 麻衣)



 カレンダーが2月から3月へと変わり、いよいよ春の到来かと
思われたが、ここ数日は冬に戻ったかのような寒波が満弦ヶ崎の
街を覆っていた。
「はあ~、今日も寒いなあ……」
 両手に息を吹きかけながら、麻衣が呟く。
 白い吐息が立ち上るほど寒い。
 吹奏楽部の練習は基本的に屋外で行われているので、麻衣は
学院の中庭に来ているのだが、この寒さの中で練習するのはさすがに
厳しい。
 とはいえ、パートリーダーがだらけていては他の部員に示しが
つかない。
「よしっ、今日もがんばろ」
 麻衣は元気を出すと、ケースから使い慣れたフルートを取り出した。



「人気投票?」
「そう、もうすぐ4月でしょう。年度が替わるといろいろ変化が
あるものなのよ」
 幼馴染の菜月が自慢げに話し出したのは、授業終了後の掃除が
終わりかけたころのことだった。
「達哉は部活に所属してないから知らないかもしれないけど、毎年
��月には部活に所属している生徒にとっては、新入部員を獲得する
ために必死なんだって」
「それぐらいは知ってるよ」
 ほうきでゴミを集めながら達哉が答える。
「部員を獲得するためには手段を選ばない……生徒がいたかどうかは
知らないけど、不正をなくすために、ひそかに人気投票が行われて
いるみたいなの」
 フィーナが構えているちりとりに、達哉はゴミを入れていく。
 最初は不慣れだったフィーナも、今ではすっかり家事全般が
人並み以上になっている。
「それと人気投票が、いったいどういうつながりがあるの、菜月?」
「よくぞ聞いてくれました! さっすがフィーナ。あのね、人気投票で
順位の高かった部活は、優先的に宣伝できるのよ。掲示板にチラシを
貼ったり、新入生のオリエンテーションでの部活紹介の時間が他の
部活より長くもらえたりするそうよ」
 たったそれだけ、と思うかもしれないが、知名度のある部活なら
まだしも、マイナーな部活にとっては死活問題になる……らしい。
「そんなもんか…。あ、遠山。吹奏楽部って、どれぐらいの人数が
いるんだ?」
 達哉は近くにいた翠に話しかけた。翠は妹の麻衣と同じく、
吹奏楽部に所属している。
「えっと、うちはそんなに強いわけでもないから、人数自体は多くは
ないよ。好きな子が集まってるって感じだから、決して少ないわけ
ではないけど…」
「けど?」
「もう少し大きな部屋が使えたらなあって思う時はあるよ。人数が
多ければそれなりの部屋を使ってもいい許可が下りると思うんだけど」
 翠はそう言って、窓から外を眺める。窓の下には中庭があって、
何人かの吹奏楽部員の姿をみつけることができた。
 あ、麻衣だ。
「麻衣、なんだか寒そうだね」
 隣に来ていた菜月が心配そうに麻衣を見つめる。
「そうね、この寒さでは少し厳しいのではないかしら」
 フィーナも同じことを思っているようだった。



 フィーナと一緒に帰る途中で中庭に立ち寄ってみると、こっちに
気づいたのか、麻衣がにっこりと笑って近寄ってきた。
「お兄ちゃん、フィーナさん、今から帰るところ?」
「ああ。麻衣は部活なんだよな?」
「うん。でも今日は寒いから早めに終わろうってみんなと話してた
ところなの」
 麻衣は、かじかむ手をこすりながら、息を吹きかけている。
「そっか。じゃあ一緒に帰るか?」
「うん♪ ちょっと待ってて。今片付けるから」
 麻衣は小走りでみんなのところに戻ると、楽器を片付け始めた。
 そんな麻衣の姿を見つめながら、フィーナが言った。
「達哉、余計なお節介なのかもしれないけど、人気投票の件、考えて
みる必要があるのかもしれないわね」
「……そうだな」
 達哉も同じように麻衣の姿を見ていた。



「人気投票?」
「ああ、投票が集まればいろいろ有利になるんだろう? 俺は出来る限り
麻衣に入れるつもりだからな」
 帰り道、投票のことを麻衣に話すと、あまり乗り気でない様子だった。
「え~、べつにいいよ。そんなことをしてまで部員が欲しいわけじゃ
ないもん」
「でも、部員が増えると大きな部屋が使えるかもって、遠山が言ってたぞ」
「それはそうなんだけど……」
 麻衣にとっては、吹奏楽部に無理に入ってほしいわけじゃない。それは
達哉にもわかっていたが、達哉は言わずにはいられなかったのだ。
「麻衣。達哉は、麻衣にもっといい環境で練習をさせてあげたいと思って
いるの。中庭が悪いわけではないけれど、今日のように寒い日もあるわ」
 麻衣はフィーナの言葉を聞いて、しばらく考えていた。
「……うん、そうだね。いろいろ便利になることもあるんだよね。
ありがと、お兄ちゃん。心配してくれて」
 にっこりと麻衣が微笑む。



「じゃあ……投票は、わたしの吹奏楽部に、い・れ・て・ね♪」



 ウインクをしながらお願いする麻衣に、一瞬どきっとする達哉だった…。












おわり












あとがき



うーん、書いてるうちに真面目な話になってしまいました(笑)。
お察しのように、ラストの麻衣のセリフがちょっとえっちく聞こえちゃうよ、
的なネタだったんですが、むー、失敗したかも。
単純に人気投票をせがむ構図のほうがよかったでしょうか。



「達哉は、もちろん私にいれてくれるのでしょう?」
「達哉くん、ちゃんといれてね?」
「達哉なら、きっといれてくれるよね?」
「達哉さん、あ、あのその…私にいれてくれますか?」
「お兄ちゃん、わたしにいれてほしいなあ~」



ちょ、書いてて興奮してきた(えー



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