2007/01/24

(ぷちSS)「たまには空をながめよう」(Canvas2)



「あれ、上倉先生」
「よお、美咲。邪魔してるぞ」
「邪魔してる、と言われましても……。ここは私の部屋ではなく、
学園の屋上なのですが」
「わかってるよ。でも、俺がここに来ると、かなりの確率で美咲に
会うからな。俺にとっては、屋上と言えば美咲なわけだ」
「どんなわけなんですか……」
 菫はあきらめのためいきをついた。
「それで、先生はここで何をしているのですか」
「何をしているように見える?」
「……桔梗先生のことを考えていらっしゃる、とか」
「そうそう! って、違うわっ!! なんで霧…じゃなくて桔梗先生が
ここで出て来るんだよ」
「……女の勘?」
「なんで疑問形なんだ。つーか、お前の冗談はわかりにくいんだよ」
「すみません……」
「いや、素直に謝られても困るんだが」
 浩樹は苦笑して、空を見上げた。
「空」
「そら、ですか?」
「そう。空を見ていたんだ」
 菫は浩樹に倣うように、空を見上げた。
 ふたすじの飛行機雲が今にも消えそうになっていた。
 上空のほうは風が強いのか、雲の流れはかなり速く、少し見ているうちにも
どんどん流れていく。
「たまにはさ、こうやって空を見て、ぼんやりするんだ。すると、
悩んでいたことや困っていたことも、流れる雲のようにどこかへ
行ってしまう気がするんだ」
「それは、先生なりの気分転換なのですか?」
「そうだなあ、ま、そういうことにしとくか」
 そう言った浩樹の表情は、どこかせつなげで、ここではない遠くを
見つめているようだった。



「へえ、そうだったんですか。では、もう十分すぎるほどに空を見たわけ
ですし、そろそろ部活に出席していただきたいと思うのですが、いかがな
ものでしょうか」
「たっ、竹内っ?」
「私がこんなにもこんなにもこんなにもお願いをしているというのに、
どうして先生はいつもいつもいつも!」
「ちょ、竹内! ここは屋上なのになぜイーゼルを……」



 ……。…………。



 麻巳に引きずられて、浩樹は屋上から出て行った。
 菫はくすりと笑うと、浩樹が座っていたベンチに腰掛け、空を見上げた。
 飛行機雲は、きれいになくなっていた。
 目を瞑って、深呼吸をひとつ。
 ほどなくして、透き通った歌声が、屋上に響いた。



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