2007/07/12

(ぷちSS)「二人傘脚」(FORTUNE ARTERIAL)(紅瀬 桐葉)



「うわっ、降ってきやがった」
 先ほどまではどんよりとした空だったが、生徒会副会長の言いつけで
掃除をしていたら雲がますます厚くなり、ついに雨が降り出した。
「わかっていて、俺に用事を押し付けたんじゃないだろうな」
と、ここにいない相手に文句を言ってみても、それで雨がやむわけではない。
 天気予報などまったく気にしていなかった孝平は、傘を持ってきて
いなかったのだ。
 寮までは学院からほんのわずかな距離とはいえ、雨に濡れないわけがない。
 とにかく、急いで帰らないと。
 孝平は教室まで猛ダッシュした。



 教室に入ると、先客がひとりいた。
 紅瀬桐葉。孝平のクラスメイトだ。
 桐葉は、窓際の席でぼんやりと窓の外を眺めている。
 何をしているんだろうと思いつつ、孝平は自分の机にやってきた。
「あれ?」
 机の上には、見慣れた自分の鞄と、見慣れない1本の傘が置いてあった。
 その傍らに小さなメモ。
『孝平くんへ。お仕事お疲れ様です。雨が降りそうだから、傘を置いておくね。
孝平くん、今日持ってなかったでしょ。よければ使ってください。陽菜。』
 さすが陽菜。他人への気配りにかけて、彼女の右に出るものはいない。
 ありがたく使わせてもらおう。
 孝平は鞄を持つと、教室から出ようとして……、振り返った。
 桐葉は、窓際の席でぼんやりと窓の外を眺めている。
 もしかして。
 そう思った孝平は、桐葉に声をかけた。
「紅瀬、帰らないのか」
「……」
 こちらの声が聞こえていないわけではないのだろう、だが、反応はない。
「もしかして、傘、忘れたのか」
「いいえ」
 反応があった。
「じゃあ、なんで」
「貴方に言う必要はないけど?」
「まあ、そう言うなよ」
 桐葉は相変わらず雨を眺めながら、そっけなく言った。
「傘がないからよ」
「え?」
「聞こえなかったのかしら」
「いや、だってお前、さっき『いいえ』って言わなかったっけ」
「ええ」
 わけがわからない。
 桐葉が理不尽なことを言うのはいつものことだが、どうかわかりやすく
言ってほしい、と孝平は思う。
 桐葉はちらりと孝平を見つめ、仕方ないから無知な貴方に教えてあげるわ、
という表情でこう言った。
「傘は忘れたのではなく、持ってこなかったのよ」と。
 ……。
「えーと、つまり傘を持っていないということだな。じゃあ、一緒に行こう」
「?」
「だから、この人は何を言っているのかしら、という顔をするな」
 陽菜が貸してくれた傘があるから、としつこくしつこく誘っていると、
ようやく桐葉は重い腰を上げた。
「帰る気になったのか」
「ええ」
「いつもそのぐらい物分りがよければいいのに」
「……」
 いつものようにだんまりになった。
 でも、桐葉を誘い出すことに成功したのだから、まあいいか、と孝平は思った。
 昇降口で靴を履いていると、桐葉がやってきた。
「ひとつ、貴方に言っておきたいことがあるの」
「なに?」
「雨、やんでるわよ」
「へ?」
 間が抜けた声を出して、孝平が空を見上げると、いつの間にか雨はやんでいた。
「もしかして、だから帰ろうと思ったのか」
「ええ」
「お前らしいな」
「褒めても何も出ないわよ」
「そもそも褒めてないし」
「失礼な男ね」
「お前よりはマシだ」
 そんな感じで、相変わらず理不尽なやりとりを繰り返しながら、孝平と桐葉の
二人は傘を使うことなく、自らの脚で歩いていった。 



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