2007/08/10

(ぷちSS)「手伝って、ご主人様」(FORTUNE ARTERIAL)(悠木 陽菜)



「はぁ……」
 夏休みを間近に控えたある日の昼休み。皆がもうすぐ夏休みという解放感からか
にぎやかに過ごしているのに、陽菜はひとり、物憂げにため息をついていた。
「どうした、陽菜」
 幼馴染の孝平が、そんな陽菜を見て声をかける。
「陽菜がため息なんて、珍しいな」
「あはは、そうかな?」
 陽菜は笑ってみせるが、いつもよりその笑顔に元気がないのは、誰の目にも
明らかだ。
「実は、今日の放課後に美化委員会の活動があるんだけど」
「うん」
「作業は二人一組なんだけど、私の相手の子が今日は用事があるからって、
朝に連絡をしてきたの」
 それだけなら、よくある話だ。たとえ困っていようと、陽菜ならば
助けてくれる友人のひとりやふたりぐらいはすぐに見つかるはず。
 と、孝平も思ったのだが。
「それを隣で聞いていたお姉ちゃんがね、『わたしもヒナちゃんの相手を
探してあげるねっ』って言って……」
「そ、それはきついな」
 孝平は陽菜に同情した。
 かなでは、『ヒナちゃんのお手伝いをしてくれた子には、このシールを
プレゼントしま~す』と言って、”かなでシールぱーと2”を製作した。
 そのシールを見た生徒は、なぜかみんながみんな口をつむぎ、がくがくと
震えているらしい。
「どうしようかな……」
 先ほどよりも深いため息をつく陽菜。それを見ていた孝平は、
「よし、俺が手伝うよ」
 と言った。
「いいの?」
「ああ、困っている時はお互い様だろ?」
「お姉ちゃんのシール、貰っちゃうことになるけど」
「……お、男に二言はない」
 それを聞いた陽菜の笑顔は、いつもよりも素敵な笑顔だった。



 そして、放課後。
 無事に陽菜の相手を勤めた孝平は、ぐったりしていた。
「孝平くん、今日はありがとうね」
「さんきゅ」
 陽菜からタオルと飲み物を受け取り、孝平は一気に飲み物を飲み干した。
「わ、すごいね」
「いや、すごくないし」
 ようやく一息ついた孝平は、ゆっくりと立ち上がった。
 こんなふうにヘバっているところをあいつに見られたら、しゃんとしなさいよね、
なんて言われかねないからな。
「それより、すごいのは陽菜のほうだろ。美化委員会って、いつもこんなに
ハードなのか」
「そうでもないよ。今日はちょっとだけ大変なほうかな。私たちは慣れてるから」
 涼しい顔をしている陽菜を、孝平は見つめた。
「ど、どうしたの?」
「いや、活動もすごいけど、その格好もすごいと思って」
 陽菜が所属している美化委員会には、活動用の制服があり、それはいわゆる
”メイド服”と呼ばれるものだった。
「やっぱり、学院の制服だと汚れるから、このほうがいいんだよ」
 くるりと回ってみせる陽菜。やわらかそうなスカートがふわりと舞い上がるのを
見て、孝平はどきりとした。
「どうしたの、孝平くん。顔が赤いけど」
「い、いや、なんでもない」
「可愛い可愛いヒナちゃんを見て、こーへーはドキドキしてるんだよね~」
 突然会話に参加してきたのは、神出鬼没のかなでだ。
「あ、お姉ちゃん」
「やっほ、ヒナちゃん♪ こーへーとお仕事できてよかったね」
 おねーちゃんのおかげだね、とかなではニコニコ顔だ。
「だから、ヒナちゃんもこーへーにお礼を言ってあげなくちゃ。あのね……」
 ごにょごにょと陽菜に耳打ちするかなで。
 それを聞いた陽菜は、頬を染めた。
「い、言わないとダメ?」
「うんうん、こーへーはそれを望んでると思うよ~」
「あの、俺を置いて会話を進めないでください……」
「じゃあ、言うよ?」
 陽菜は孝平をまっすぐ見つめて、こう言った。
 
『ありがとうございました、ご主人様♪』



「かなでさん」
「なに?」
「陽菜に何言わせてるんですか」
「うれしくなかった?」
「嬉しくないわけないでしょ! いやそうじゃなくてっ」
「もー、しょーがないなあ。じゃあ、これあげる」
 ぺたり。
 かなでは孝平の胸のあたりに、1枚のシールを貼った。
「あの、これはもしかして……」
 ばたり。
「きゃあっ、孝平くん」



 その後、孝平は3時間ほど陽菜に看病されることになった。
 だが、美化委員会の制服で孝平の看病をする陽菜は、少し嬉しそうだった。



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