2007/09/29

「月の未来、地球の未来」(夜明け前より瑠璃色な)(フィーナ・ファム・アーシュライト)






 今年もずいぶんと暑い夏だったが、さすがに9月も終わりごろになると、
風が心地よく感じられるようになった。とはいえ、昼間はまだまだ日差しも
強く、妹の麻衣は毎日のようにせっせとアイスを冷凍庫に補給しているが、
補給したそばからすぐに消費している。
 じりじりと日差しが照りつける中、フィーナは地球に来てから初めて
買ったお気に入りの服を着て、庭でアイスを頬張っていた。
「どうしてわざわざ庭でアイスを食べているんだ?」
 と聞くと、そのほうがよりアイスが美味しく感じられるからよ、と答えた
フィーナに倣って、俺も庭に下りてみることにした。
 日光が降り注ぐ中、フィーナの隣に腰を下ろす。あまり汗をかくほうでは
ないフィーナだが、さすがにここでは額にうっすらと汗が浮かんでいるのが
見える。そして、美味しそうにアイスを口に運んでいるフィーナの横顔も。
「達哉、あまり……その、食べているところをみつめられると、恥ずかしいわ」
「気にしなくてもいいのに」
 と言う俺の頭に、ぽかりとやさしい一撃が加えられた。
「こら。フィーナさんをいじめないように」
 振り向くと、麻衣がハリセンとアイスを持って立っていた。
「いじめてなんかいないよ。人聞きが悪いなあ。エステルさんが聞いたら
大変だろ」
「……何が、大変、なのですか?」
 暑さの中でも涼しさを携えた声、いや、これはむしろ鋭さと言った方が
いいかもしれない。
「そりゃあ……って、え、エステルさん?」
 思わず声が裏返る。再度後ろを振り向くと、麻衣の後ろにエステルさんが
立っていた。肩をぷるぷると震わせながら。



「まったく、失礼にも程があります」
「確かに、今回は達哉が全面的に悪いわね。私をみつめたことも含めて」
「仕方ないですよ、お兄ちゃんだもの。……あ、お兄ちゃん、アイスの
お代わり持ってきて?」
 女三人寄れば姦しい、とはよく出来たことわざで、正に今、俺の目の前で
その光景が展開されていた。三人とも、アイスを食べながら俺について
話している。
 俺にも悪いところがあったので、この場では何も言い訳はしない。批判も
当然であり、むしろ今後そういうことがないように気をつけようと思った。
 ちなみに、麻衣のお願いは華麗にスルー。アイスの食べすぎは身体に
よくないからな。
「ところで、エステルさんは今日はどういったご用件ですか」
 話が一段落したところで、俺は口を挟んだ。
「あら、用が無ければ来てはいけないのでしょうか」
「いや、そういうつもりでは……」
「達哉にそう言われるなんて……少し悲しいです」
「あ……す、すみません」
 顔を伏せて呟くエステルさんに、俺は謝る事しか出来ない。
「……ふふふ、冗談です」
「え」
「聞こえませんでしたか、今のは冗談です。軽いしかえし、です」
 と言って、エステルさんは微笑んだ。



「フィーナさん、やっぱりわたし、もうひとつアイスが食べたくなって
きました」
「あら、偶然ね。私も同じ気持ちだわ、麻衣」
 フィーナと麻衣、ふたりの視線は達哉とエステルに注がれる。
「だって、お兄ちゃんたちがすっごくアツアツなんだもん」
「負けずに私たちも仲良くしましょうね、麻衣」
 にっこりと笑うフィーナに頷く麻衣。
 達哉とエステルは顔を赤くする。
「……麻衣、もう勘弁してくれ」
「すみませんでした、フィーナ様」
 と謝る達哉とエステルに、フィーナと麻衣は口を揃えて、こう言った。
「冗談です♪」と。



「今日は、フィーナ様の誕生日の件で参りました」
 さすがに庭で立ち話というわけにもいかないので、リビングで話す
ことになった。
 麻衣はバイトに出かけたので、リビングにいるのは達哉、フィーナ、
そしてエステルの3人。
 エステルの話によると、数日後に迫ったフィーナの誕生日の
スケジュールがかなり厳しいものなのだそうだ。
 午前中は満弦ヶ崎の礼拝堂で式典。昼からは月王宮での式典、続いて
晩餐会。それから、再び地球に戻り、トラットリア左門での誕生会という、
��つの大きなイベントがある。
「あの、俺が言うのもどうかと思うけど、それはさすがに無理なんじゃ
ないですか」
 エステルに言うのは筋違いかもしれないが、フィーナのことを考えれば
達哉の発言も当然のことと思える。
「ありがとう、達哉。でも、これは全て私が望んだことなの」
「フィーナが?」
「ええ。現在、月と地球は少しずつ親交を深めている状態だわ。以前のように
月人だから、地球人だから、という理由で差別する人も少なくなってきている。
今回のスケジュールも、月に住んでいる人々、地球に住んでいる人々が、
私の誕生日を祝おうとしてくれていることから、決まったの。だから、
私にとってはとても嬉しいこと。少しぐらい大変でも乗り越えてみせるわ」
 そう言って微笑むフィーナは、誇り高く、清々しく、美しく、
凛々しかった。
「達哉の心配も当然だと思います。だから、今回は私たち教団が
フィーナ様をサポート致します」
 エステルが自信に満ち溢れた表情で言う。
 普段は限りなく使用を制限しているロストテクノロジーを、特例という
ことで使用許可を取ったとのこと。フィアッカを説得するのは随分骨が
折れたようだが、月社会と地球との未来のため、そして、宿主となっている
リースのお願いもあって、首を縦に振ってくれたそうだ。
「今、月ではカレンとミアがスケジュールの調整や式典の準備に奔走して
くれている。地球ではさやかやエステルさんががんばってくれている。
家では麻衣が、学院では菜月や遠山さんがサポートしてくれている。
そして、達哉。あなたが側にいてくれる。だから、今回のイベントは必ず
成功するわ」



「そっか、なら俺が言うことは何もないかな。それじゃ、最後のイベントに
向けて、俺は俺でがんばることにするよ」
「あら、何をしてくれるのかしら」
「それは、当日のお楽しみだよ。月のお姫様でもあり、未来の女王陛下でも
あり、そして、朝霧家の家族としてのフィーナを迎えるためにね」
「まあ。それでは、私も”家族”として、楽しみにしているわ。そうそう、
エステルさんもぜひ参加してくださいね」
 突然、話を降られたエステルは驚く。
「えっ、あの、私もでしょうか?」
「そうですよ。だって」
 今日一番の笑顔でフィーナは言った。
「エステルさんは、未来の達哉のパートナーなのですから」
 それを聞いたエステルと達哉は、お互いの顔をみつめて、真っ赤になるの
だった。


















おわり



あとがき



PCゲーム「夜明け前より瑠璃色な」のSSです。
メインというよりもオードブルという感じでしょうか。
フィーナのお話でありながら、エステル寄りなのはお許しください(わは



それでは、また次の作品で。



��007年9月29日 フィーナのお誕生日♪



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