2008/01/31

「It’s a wonderful life」(夜明け前より瑠璃色な)(エステル・フリージア)



業務報告~。
SS「It’s a wonderful life」を追加しました。
「夜明け前より瑠璃色な」のヒロイン、エステル・フリージアのSSです。
上のリンクからでも下のリンクからでも、お好きなほうからどうぞです~。
上はいつものhtmlで、下ははてな仕様になります。





「It’s a wonderful life」(夜明け前より瑠璃色な)(エステル・フリージア)



「達哉、達哉」
 ゆさゆさと達哉を揺さぶりながら、声をかける。
 起きてくれないのは、今がまだ朝の四時だからだろうか。
「達哉……、起きてくれないと、かみつきますよ?」
 決して大きな声ではないし、脅すような響きを含んでいるわけではなかったが、
達哉の目はぱちりと開いた。
「……おはようございます。エステルさん」
「はい。おはようございます、達哉」
 にこやかに笑ったエステルの頭には、いぬみみがぴこぴこと嬉しそうに動いて
おり、スカートのすそからはこれまたぴこぴこと犬の尻尾が元気よく動いていた。



 ここは朝霧家、二階の達哉の部屋。
 どうして、この時間に月人居住区の礼拝堂の司祭、エステルがここにいるのか。
 それは3日前のこと。礼拝堂の掃除をしていたエステルは、偶然に犬の耳を
模したアクセサリーを見つけた。モーリッツに聞こうにも所用で出かけており、
普通ならそれで話は終わるところだったのだが。
「……少しぐらいなら、構いませんよね」
 大の犬好きであるエステルにとって、いぬみみは正に禁断の果実。人様の物に
勝手に触れるなど、常の彼女なら自制できるはずだったが、偶然の積み重ねが
彼女を誘惑した。
 エステルはおずおずといぬみみを手に取ると、頭に装着した。すると、突然
目眩がして、エステルは倒れてしまい、目覚めた時にはぴこぴこ動くいぬみみと、
おまけにしっぽまでもがついていたのだ。
 その時、モーリッツとリースが戻ってきた。二人によると、どうやらいぬみみの
アクセサリーは失われた技術、ロストテクノロジーのひとつだということ。
装着した者は、犬のように鼻が利くようになるということ。副作用として、行動も
少し犬に似てしまうこと。外すには、信頼を寄せている異性に頭を撫でてもらう
必要があること(これは、愛すべき主人に褒めて貰いたいという犬の気持ちが
作用しているらしい)。ただし、そのしくみを知っている人では、ダメだということ。
 というわけで、モーリッツではエステルのいぬみみを外せない。背に腹は
変えられないので、エステルは達哉以外の朝霧家のみんなに事情を説明し、
朝霧家にお邪魔させてもらうことになったのだった。



「もしかして、散歩ですか」
「ええ。さすがは達哉ですね」
 さすがと言われても、おとといの夜から、朝晩の散歩を欠かさずせがまれて
いるのだ。慣れないはずがない。
「わかりました。すぐに着替えますから、玄関で待っていてください」
 達哉がそう言うと、エステルはうれしそうにしっぽを動かしながら部屋を
出て行った。
 達哉は急いで着替えて、散歩に出かけるのだった。
 もちろん朝晩に散歩に出かけるのは犬の習性で、達哉もイタリアンズの散歩が
あるのでそれほど苦ではないのだが、今のエステルはいぬみみをつけた状態
なので、他人の目にはなるべく触れさせたくない。
 他ならぬエステルさんの頼みだし、彼女が喜んでいる姿が見られるのでそれは
嬉しいのだが、眠いものは眠いのである。
 あくびをかみ殺しながら、やっとの思いでイタリアンズとエステルを引き連れて、
物見の丘公園に辿りついた。達哉はリードを外すと、イタリアンズを放った。



「お疲れ様でした。達哉」
 寝転がった達哉の隣には、エステルが座っていた。
「お安い御用ですよ。ああ、エステルさんもイタリアンズと遊んできていいですよ」
「私は……達哉に遊んでいただきたいのですけど、それではダメですか?」
 しっぽをふりふり、俺の顔を覗き込むいぬみみエステルさん。
 ちょっと、待ってくれ。この攻撃は反則じゃないのか。
 普段の彼女がこんなことは言わないのは達哉もわかっているし、ロスト
テクノロジーのせいで犬ちっくになっているのも、リースから聞いて知っている。
 でも、それでも。
 こんなに可愛らしいエステルは、達哉の眠気を吹き飛ばすには十分だった。
「じゃあ……お手」
「わん♪」
 ちょこんと達哉の手に、自分の手を乗せるエステル。
「おかわり」
「わん♪」
 今度は反対の手を乗せるエステル。
 ……だから、この可愛さは反則じゃないのか。
 達哉を見つめるエステルは、いぬみみをぴこぴこ動かし、しっぽもぱたぱた。
 ……撫でてみたい。
 達哉がそう思うのも無理からぬこと。でも、そんなことをしてエステルは
怒らないだろうか。……怒るに決まってる。
「……達哉♪」
 ぴこぴこ、ぱたぱた。ぴこぴこ、ぱたぱた。
 ああもうっ、どうにでもなれ!
 自分の衝動を抑えきれなくなった達哉は、エステルの頭をやさしく撫でた。



「ありがとう、と言っておきますね」
 帰り道、達哉とエステルは並んで歩いている。
 達哉がエステルの頭を撫でると、ぽんっと言う音がして、気が付けばエステルは
元の姿に戻っていたのだ。
「と言われても、俺には何のことやら」
 達哉はいぬみみのしくみについては何も知らないので、どうしてエステルが
お礼を言うのかがわからない。
「良いのです。私が感謝したいと思っているのですから」
「それにしても、どうして突然元に戻ったんでしょうね」
「さあ、どうしてでしょう」
 楽しそうに微笑むエステルの手には、いぬみみのアクセサリーが握られている。
 教えないほうが、きっといい。だって、また今度着けた時も、達哉がいれば。
 何がなんだかわからないといった表情の達哉と上機嫌のエステルは、瑠璃色の
空を眺めながら、同じ歩調で歩いていった。






 おわり



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