2008/04/03

(ぷちSS)「祝福の風紀シール」(FORTUNE ARTERIAL)(悠木 かなで)



 4月2日。去年までなら、なんてことのない日だった。せいぜい、
エイプリル・フールの次の日だなって思うぐらいだ。
 でも、今年からは違う。
 とっても大切な人のとっても大切な日。
「特別な何かなんていらない、こーへーと一緒にいられれば、わたしは
幸せだよ」
 そう言ってくれた人を、笑顔にしたくて。
 でも、そういうときに限って、トラブルは足並み揃えてやってくる
ものだった。



「あ~、門限まであと少しか」
 監督生棟から白鳳寮までの道を全力で走る。
 生徒会役員になってからというもの、これぐらいの時間に帰る事は
珍しいことじゃなくなった。
 忙しくても充実の日々。他人と深く関わらないようにしていた生活とは
まったく違うが、だからこそ、心に残る思い出がある。
 そして、大切な人も出来た。その人から託されたことも、今の俺を
形作っているもののひとつだ。
 だから、忙しいのは当然で、仕事を全力でやるのも当然で、それでも
時間が誰にとっても等しいのも当然で。
 今、支倉孝平はそのわずかな時間を作るために、全力で寮までの
道のりを走っているのだった。



「ただいまっ」
「おっかえりなさーい!」
 俺が部屋に飛び込むと同時に、元気に飛びついてくる人がいる。
「もう~、待ちくたびれて眠っちゃうところだったんだから」
「すみません、かなでさん。でも、その時は俺が起してあげますから」
 俺は、かなでさんを抱きしめる。
「……じゃあ、どうやって起してくれるの?」
 かなでさんは俺の腕の中で、そっと目を閉じる。
「おはようございます、かなでさん」
 俺は、かなでさんにやさしくキスをした。



「え、えっと……私たち、もしかしてお邪魔虫だったりして」
「そうかもしれんが、まあ今日は特別だろ」
「そうね、せっかく悠木先輩の誕生日に集まったんだし」
「い、いいのでしょうか……」
 陽菜、司、瑛里華、白の言葉が聞こえて、俺とかなでさんは離れる。
「もちろんだよ。せっかく寮にいるんだもん、みんなで楽しく過ごすほうが
いいに決まってるよね!」
 かなでさんは、俺の手を取って座らせる。
 目の前にはぐつぐつと煮えている鍋。
 今日は、かなでさんのお誕生日おめでとう鍋パーティーだ。
 俺が帰るのが遅くなったのでパーティーも遅くなってしまったが、今日は
特別な日ということで、わざわざシスター天池と青砥先生に許可まで取って
くれたようで、多少の時間の融通は利かせてくれるらしい。
「それじゃ早速、いっただっきまーす♪」



 かなでさんの一言をきっかけに、パーティーははじまった。
 かなでさんの笑顔は尽きることなく、いつも以上に楽しそうに笑っていた。
 そして、みんなからの誕生日プレゼントを渡されたかなでさんは、感極まって
陽菜に抱きついた。
「お姉ちゃん、よかったね」
 姉の頭を撫でる陽菜は、まるでお母さんのようだ。
「ありがとうね、みんな。悠木かなでは世界一の幸せ者です♪」
 かなでさんは涙を浮かべながら、にこにこしている。
「だから、みんなにもこれをあげようと思います」
 そう言って、かなでさんが取り出したのは、不思議なシールだった。
「これはね、『祝福の風紀シール』と言って、貰った人は絶対に幸せになると
いう言い伝えがあるのです。穂坂ケヤキと並んで、修智館学院108の秘密に
入ってたりするかも」
 かも、って何ですか。まあ、かなでさんらしいんだけど。
 かなでさんは、ひとりずつシールをぺたぺた貼ってくれた。
 ほっぺたにシールを貼られた俺は、よほどおもしろいことになっているのか、
みんなに大笑いされた。
 でも、俺も一緒に大笑いしていた。だって、かなでさんが笑顔になって
いたからだ。



「おやすみなさい」
 パーティーは終わって、みんながそれぞれの部屋に帰っていく。
「こーへー、また明日ね♪」
 最後に、かなでさんが俺にウインクをする。
「おやすみなさい、かなでさん。今日はゆっくり寝てくださいね。もし明日
寝坊したら、その時は俺が起してあげますから」
「ひとつ聞いてもいいかな」
「何ですか?」
「……どうやって起してくれるの?」
 かなでさんは、そっと目を閉じる。
「おはようございます、かなでさん」
 俺は、かなでさんにやさしくキスをした。



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