2008/06/20

魔法少女リースリット・ノエル 第3話






第3話 あらたな魔法、発現



「ごちそうさまでした」
 ミアが作ってくれた朝食をきれいに片付けた後は、家の掃除だ。
 今日は日曜日なので、普段あまり出来ない家事をすることにした。
「お兄ちゃん、わたしはお洗濯の後に、お風呂掃除するね」
 洗濯カゴを抱えて、麻衣がそう言った。
「それじゃ、俺は庭の手入れと掃除かな。フィーナとミアには、
リビングの掃除をお願いしてもいいかな」
「わかったわ、達哉」
 本当なら、お客様扱いなんだけど、『家族』として扱って欲しいと
いうフィーナの意向なので、仕事を分担してやってもらうことにした。
 ちなみに、この家の大黒柱であるところのさやか姉さんは、いつも
どおり仕事で博物館に出かけている。
 姉さんが仕事をがんばっている間、俺たちは家の仕事をがんばる。
それが、家を空けることが多い姉さんを安心させてあげられることだから。



『精が出るな、達哉』
 汗を流しながら庭の草をむしっていると、声をかけられた。この声は……。
「リースか。フィアッカも」
 顔を上げると、碧玉色の瞳が俺を見下ろしていた。
『声をかけたのは私だぞ?』
 同じく碧玉色のペンダントから、フィアッカの苦笑交じりの声が聞こえた。
「ごめんごめん、それで今日はどうしたんだ?」
 俺が手を休めずに問うと、リースがしゃがみこんだ。
「今日、暇?」
「見ての通り、草むしりの最中だよ」
 汗をぬぐいつつ、返事する俺。
「じっとしてて」
 リースはどこからかハンカチを取り出すと、俺の額の汗を拭いてくれた。
「……さんきゅ」
『いやいや、礼には及ばんよ』
 お前が答えるのか、と達哉は心の中で呟く。
「これが終わったら、俺の任務は終了かな。他が困ってたら手伝うつもり
だけど」
 照れ隠しに早口で答えると、リースは少し考えた後、
「……わかった」
 と言うと、リビングに入っていった。
「あら、リースさん、いらっしゃいませ」
「ワタシも手伝う」
「え? ええっ?」
 ミアの戸惑う声が、リビングから聞こえてきた。



 リースを交えた昼食の後、俺はリースに連れられて礼拝堂に向かっていた。
 夏はまだ先だというのに日差しは強く、歩いているだけで汗が出てくる
ほどだ。
 隣を歩いているリースは、涼しげな表情で歩いている。
 どうして、この服装で暑くないんだろうか?
「……何?」
 リースは横目で俺を見ると、短く問いかけてきた。
「いや、暑くないのかなと」
 俺がリースの服を見ると、リースも自分が着ている服をしげしげと眺め、
「似合ってない?」
 と言った。
 いや、そういう返し方をされると困るんだけど。もちろん、似合っている
ことに異論はこれっぽっちもないんだけどさ。
「ところでさ、エステルさんってどんな人なんだ?」
 話題を変えようと思って、リースに質問してみた。
「……礼拝堂の司祭」
 リースは前を向いたまま、ぼそりと呟く。
 ……それだけかよ。
 今日、リースがうちまで来た目的は、「会ってもらいたい人がいるから」と
いうことで、こうして俺たちは礼拝堂に向かっている。
 礼拝堂とは月人居住区にある施設で、そこの司祭ということは
”静寂の月光”の関係者であるわけで、おそらくロスト・テクノロジーに
ついても知っているのだろうと思われる。
『心配することはない。達哉についてはエステルに報告済みだ。国家の存亡に
関わるわけではないが、ロスト・テクノロジーは部外秘なのでな。それの
念押しも含めての対面だ』
 家を出る前にフィアッカから聞いた説明は納得できるものだが、どうして
リースは俺の質問に答えてくれないんだろう。
 ま、直接会って判断しろってことか。
 結局、俺が得た知識はフィアッカの言葉から、司祭の名前はエステル、
ということぐらいだった。



 月人居住区に入り、しばらく歩くと大きな建物が見えてきた。おそらく、
あれが礼拝堂だろう。フィーナとミアは、時々礼拝に訪れているようだけど、
俺はあいにく今まで来たことがなかった。月人と地球人との関係は次第に
よくなっているが、宗教の問題となるとまた話は別。興味がない、という
わけではもちろんないが、きっかけがないとここまでは入りづらいのも
事実で、今日のこの訪問が、そのはじまりの一歩になればいいと思う。
 俺は深呼吸をひとつしてから、敷地内に足を踏み入れた。
 ぴりっとした感覚が一瞬あったが、それ以外は特に何もない。気のせい
だろうか。
 リースがすたすた歩いていくので、遅れないようについていく。
 建物の横にはきれいな中庭があり、色鮮やかな花が咲いている。きっと、
丁寧に手入れされているんだろう。
 ふと、その花の脇に黒いものが見えた。回り込んで見てみると、それは
ぴょこぴょこと動いている。ねこのしっぽだ。
 気付くと、リースが隣に立っていた。じっ、と黒猫を眺めている。
「もしかして、猫、好きなのか?」
 俺の言葉には答えずに、リースはしゃがみこんで、黒猫にそっと手を
伸ばした。
 猫は気配を察したのだろう、ぴくんと反応すると、リースと向かい合う。
 手を伸ばしたまま動かないリース。しっぽを止めたまま動かない黒猫。
 先に動いたのは、黒猫だった。ゆっくりとリースの手に近づき、
くんくんと匂いをかぐ。そして、おもむろにぺろぺろと舐め始めた。
 リースはされるがまま。だが、その表情はどこか微笑んでいるようにも見えた。



「よかったですね、リース」
 やさしい声に顔をあげると、そこにはリースをやさしくみつめる桃色髪の
女性が立っていた。
「その子なら、あなたの助けになってくれそうですね」
「……」
 リースはやはり何も言わない。
 女性はそれを答えだと受け取ったのだろう、リースから俺に視線を移した。
「あなたが、朝霧さんですね」
「はい、そうですが」
「この礼拝堂で司祭を務めております、エステル・フリージアと申します」
 エステルさんは丁寧に頭を下げた。
「朝霧達哉です。よろしくお願いします」
 俺もあわてて挨拶を返した。
「リースとフィアッカから話は聞いていると思いますが、朝霧さんにお願い
したいことがありまして、今日はこちらに来ていただきました」
「ええ。ロスト・テクノロジーのこと、ですよね?」
「はい。言うまでもないことですが、他言無用ということでお願いします。
カレン様から、朝霧家の方々は素敵な方々だと伺ってはおります。が、
こればかりは守っていただかなければなりません」
 カレンさんから、か。意外なところでつながりがあるもんだな。
「わかりました。誰にも言わないようにします」
「ありがとうございます。特に、フィーナ様に気取られないように
お気をつけください」
 特にフィーナに、ということは、やはり王族だからか、それとも……。
 まあ、ここで詮索することじゃないか。
「すみません。いろいろ聞きたいことはおありだと思いますが、ロスト・
テクノロジーに関する事はセキュリティレベルがAランクですので、月の
本局から許可が下りるまで、もう少しお待ちくださいね」
 エステルさんは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。



「実は、朝霧さんにひとつお願いがあります」
 礼拝堂に場所を移して、すぐにエステルさんはそう切り出した。
 リースは、俺の隣に座って、黒猫と遊んでいる。
 エステルさんはポケットから二つの白い玉を取り出した。
「これは、先日発見されたロスト・テクノロジーです」
 二つあるということは、もしかして俺とリースが出会うきっかけに
なったアレか?
 あの時は光る何か、としかわからなかったが、今はただの玉にしか
見えない。
「少し調整してみたのですが、どうやらエネルギーがなくなっている
みたいで、動いてくれません。すみませんが、お力を貸していただけ
ないでしょうか」
「はい、どうすればいいんですか」
 エステルさんは、俺の手に白玉を乗せる。どこからどう見ても、
ただの玉だ。
「そのまま、じっとしていてください」
 言われたとおりに動かずにいると、なんだか手があったかくなってきた。
いや、これは手があったかくなっているんじゃなくて、玉があったかく
なっている?
「やっぱり……フィアッカの言うとおりですね」
『確率が高いと思ったから提案してみたのだが、助かったな。リース、
呪文だ』
「……わかった。Tモード、スタンバイレディ」
 フィアッカの声を合図に、リースは立ち上がり、呪文を唱えた。
 杖に変化したフィアッカを構え、白玉と黒猫に向き合う。
「エステル・マジカル……使い魔、召喚!」
 呪文と同時に、リースはフィアッカを白玉と黒猫に順番に触れさせた。
 すると、淡い光と少しの熱を放ちながら、白玉の形状が徐々に変化
していく。
「……お、おおお?」
 最初はパチンコ玉サイズだったのに、ピンポン玉サイズ、テニスボール
サイズと少しずつ大きくなり、バスケットボールサイズになった時、
ふいにそれがポンッという音を上げてはじけた。
「……んにゃぁ」
 俺の手の中には黒猫がいた。いや、これは白玉が変化したものであって、
区別するためにクロネコと呼ぶことにしよう。
 クロネコは、たった今起きたかのように、大きな口を開けてあくびを
していた。



 これっていったいどうなってるんだろう。そう思った時、突然
けたたましい音が礼拝堂に鳴り響いた。
「すみません! 席を外します」
 エステルさんが血相を変えて俺たちの前から姿を消した。
『どうやら、落ち着く暇もなさそうだな』
 聞きなれた声。だが、それはいつものペンダントからではなく、俺の手に
抱かれているクロネコから発せられた。
「ね、ネコが喋った?」
『正確にはネコではないが……今は説明している余裕はないな。リース』
「うん」
 リースは変身すると、俺からクロネコを受け取った。
「リースリット! 反応は満弦ヶ崎湾上空です。お願いします」
「了解」
 エステルさんの声が壁のスピーカーから聞こえた。
「Wモード、レディ」
 そう呟いたリースの背中には、黒いマントが翼のように翻った。
「リース!」
 思わず声をかけた俺を、見つめるリース。
「……いってらっしゃい」
 迷った挙句、口にしたのはこれだった。でも、リースはわずかに
微笑んでくれたように見えたのは、俺の気のせいじゃないはずだ。
「……ん、いってきます、タツヤ」
 リースはフィアッカにまたがると、力ある言葉を解き放った。
「レディ・ゴー」





















 to be continued…















 次回予告。



「みなさん、こんばんは。エステル・フリージアです。
 緊急事態です。なんと、次回はもうひとりの魔法少女が登場します。
 彼女はリースの敵なのか、それとも味方なのか。
 気になる方は、次回も見てくださいね。
 次回、魔法少女リースリット・ノエル、第4話。
『プリンのお姫さま、参上』。
 次回も、エステルマジカルがんばります!」



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