2008/06/27

(ぷちSS)「傘のおまじない」(FORTUNE ARTERIAL)(千堂 瑛里華)



 黄金色の夕焼けが窓から見えた。
「今日はそろそろ終わりましょうか。毎日遅くまでやっているのだから、
たまにはいいわよね」
「……そうだな」
 俺は瑛里華と一緒に、監督生室を出た。
 表に出ると、先ほど窓から見えた夕焼けが少しうらめしく見えた。
「どうかしたの?」
 瑛里華が俺の顔を覗き込む。
「いや、たいしたことじゃないんだけど」
「言ってみなさいよ、笑ったりしないから」
 瑛里華はやさしく微笑んだ。
「今日の天気予報さ、雨だったんだ。だから、傘を持ってきたんだ」
 俺は右手に持った傘を瑛里華に見せる。
「こういう時って、決まって雨は降らないんだよな……」
 別に雨が降って欲しいわけじゃない。むしろ降らない方が嬉しい人のほうが
多いだろうと思う。
 でも、せっかく準備したのだから、という気持ちもあったりするのだ。



「それじゃ、今度から孝平は私の折り畳み傘になりなさい」
「……は?」
「は、じゃないわ。はい、でしょ」
 瑛里華はにっこりと笑う。
「孝平は私のために傘を用意して、雨が降ったら私と一緒に一本の傘で
帰るの。そう思うと、楽しくなってこない?」
「……そう、かもな」
 なんとも斬新な考えだった。
「私が入れてって言ったら、孝平は入れてくれなきゃダメなんだからね」
「……大胆発言だな」
「え、どういう……って、そういう意味じゃないわよ!」
 すごい音が耳元で聞こえた。恐ろしいツッコミである。かわせてよかった。
「……なんでよけるのよ」
「よけなきゃ、危ないだろ」
「孝平がえっちだから、いけないのよ」
「瑛里華がすごいこと言うから、俺だって想像したんだ」
「私のせいなの?」
「否定はしない」
「しなさいよ!」
 しばらくにらみあった後、ふたり同時に吹き出した。
「ごめん、ちょっと調子に乗りすぎた」
「いいわよ、別に。……だって、孝平は私のお願いなら、きっと聞いて
くれるんでしょ?」
 そう言って、上目遣いでみつめるのはずるいと思う。
「できることなら」
「それだけ?」
「できなくても、全力で努力するよ」
「大胆発言ね?」
「否定はしない」
 瑛里華は嬉しそうに微笑むと、俺の手を握ってきた。
 次に傘を持ってくるときは降ってくれるといいなと、俺は右手の
傘に願いをかけた。



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