2008/06/26

(ぷちSS)「祭りの前」(FORTUNE ARTERIAL)(千堂 瑛里華)



 窓の外は梅雨真っ只中の豪雨で、風景というものがまったく見えない。
 監督生室で生徒会の仕事をしているので、気になるわけではないのだが、
別のところで気になることがあった。
「はぁ……」
 溜息をつきながら、書類に目を通している瑛里華。時々、窓を見あげては
溜息をつく、という行為を、先ほどから何遍も目にしていた。
「雨、すごいな」
「……そうね」
 返事にも覇気がない。これがかつて突撃副会長と呼ばれ、俺を学院の
舞台に引っ張りあげたひとと同じだというのか。
 いや、そんなわけがない。
「雨、きらいだったっけ?」
「……そうでもないわ。ただ……」
 そして沈黙。まったくもって、いつもの瑛里華らしくない。
「ただ?」
 瑛里華が来ないなら、こっちが行けばいい。
「ただ、昔のことを思い出してしまう、それだけよ」



 それから、時間をかけて聞き出してみたところによると、屋敷に閉じ
込められていた頃のことを思い出すのだそうだ。
 雨が降ろうが、槍が降ろうが、屋敷から出ることを許されなかった
瑛里華。彼女にとっての外界とは、窓の外の世界に他ならず、いつも
窓の外を見ていた。
 そして、ある時こう思ったらしい。
 この雨は、流すのに疲れてしまった私の涙が空から落ちてきているのだ、と。



「ごめんなさいね、変な話聞かせちゃって」
「いや、ちっとも変じゃないよ」
 そう、少しも変じゃない。
「それじゃあさ、今度の休みに水着を買いに行かないか?」
 だから俺は、さりげなくそう切り出した。
「……随分、唐突ね。どうして?」
「瑛里華の水着姿が見たいから」
「ちょ……そういうことは真顔で言わないでよ……」
 途端に顔を真っ赤にする瑛里華。
「イヤか」
「べっ、別にイヤっていうわけじゃ……ないけど」
「じゃあ決定だ」
「……強引ね、副会長さんは」
「去年、凄腕の副会長さんをずっと見てきたからな」
「……馬鹿ね」
 あきれたような表情を浮かべる瑛里華。でも、それはどこか楽しげで、
先ほどまでの憂いはなくなっていて。
「でも、私よりも紅瀬さんの水着のほうがいいんじゃない? ほら、彼女
すごくスタイルがいいから」
 自分で言っておきながら、くやしそうな瑛里華。
「そりゃ見たいけど、俺は瑛里華のほうがいいんだ」
「だっ、だから、そういうことは真顔で言わないの!」
 机をダンっと叩いて怒る瑛里華。
 そんな彼女を、これからもずっとずっと見ていきたい。
「もう、しかたないわね」
 やれやれといった感じで、笑う瑛里華。
「紅瀬さんに負けないように……違うわね、孝平の視線を私に釘付けに
してあげるんだから、次のお休みは覚悟してなさい♪」
「楽しみにしてるよ」



 瑛里華は先ほどまでとはまるで違う人のように、書類をどんどんこなして
いく。そう、こうでなくちゃな。
 窓の外を見ると、いつの間にか雨はやんで、雲間から光が顔を出していた。



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