2008/06/07

(ぷちSS)「甘いものは控えめに」(FORTUNE ARTERIAL)(千堂 瑛里華)



 お茶会の席で、会話が弾んでいる。
 とても楽しいはずなのに、どこか物足りなさを感じてしまっているのは、
この場にいない副会長が原因だろうか。
 今日のお茶会のメンバーは、俺にかなでさんに陽菜、司に白ちゃんの
合わせて5人だ。副会長だけ、女の子の友だちに誘われてたからという
理由で欠席だった。
 いつも副会長が座っているあたりをなんとなく見ていると、白ちゃんと
目が合った。
「……あ、あの、あまり見つめられると……」
 恥ずかしいです、と消え入りそうな声で白ちゃんが呟くと、隣で大声で
笑っていたかなでさんが反応した。
「こーへー、もしかして、しろちゃんのことが好きだったりして~」
「えっ、そうなの孝平くん?」
「俺は前々からそうだと思っていた(ニヤリ)」
 かなでさんの言葉に反応する陽菜と司。って、おい司、絶対おもしろ
がってるだろ。
「なんで見てただけでそうなるんですか。そもそも、白ちゃんを見ていた
わけじゃありませんから」
 そう答えると、かなでさんはさらににっこり笑い、こう言った。
「わかってるよ、えりりんのこと考えてたんだよね」
「なっ!?」
 どうしてこの人はそれを知っているんだ。
「えっ、そうなの孝平くん?」
「俺は前々からそうだと思っていた(ニヤリ)」
 そこのふたり、さっきと反応が一緒だぞ。
「そうでしたか……。すみません、わたしが勘違いしてしまったせいで、
支倉先輩に迷惑をかけてしまいました」
 申し訳なさそうに謝る白ちゃんだった。



「瑛里華先輩といえば……もうすぐお誕生日のはずです」
 そういえば、と白ちゃんが切り出した。
「そうなんだ?」
 初耳だった。
「よかったね、孝平くん」
「そうだね~」
 にこにこと笑う悠木姉妹。
「何が?」
 会話についていけない俺に、司がヒントをくれた。
「プレゼント」
「……あー」
 司の言葉で、鈍い俺の頭でも理解できた。
「俺に、プレゼントを贈れと」
「そうそう。女の子はね、好きな男の子からのプレゼントをいつも
心待ちにしてるものなのだよ」
「わかるわかる」
「わたしも……わかります」
 女の子たちはみんな同じ意見らしい。
「まあ、好きかどうかはともかく、同じ生徒会役員なんだし、プレゼントを
贈って祝うってのは悪くないと思う」
「ねえ、しろちゃん。えりりんの好きなものって、何か知ってる?」
「瑛里華先輩は、実は甘いものがお好きなんですよ」
 その一言から、その日のお茶会は副会長に贈るプレゼントを決める会に
すり替わった。



 生徒会の仕事が一段落ついたのは、もう窓から月の光が差し込むような
時間だった。
「お疲れ様♪ 今、お茶淹れてるからね」
 給湯室から聞こえてくるのは副会長の声。白ちゃんは先に戻らせているし、
会長と東儀先輩はPTA絡みの会議で、今日は直帰だそうで、今、監督生室に
いるのは俺と副会長のふたりだけだ。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
 それは俺のセリフだと思ったが、言うと機嫌を悪くしてしまうので心の中で呟く。
「ありがとう」
 副会長が淹れてくれたお茶は、仕事の後の一杯ということを差し引いても
格別な味だ。
「一休みしたら、私たちも帰りましょう。門限に遅れたりしたら、生徒会役員と
して失格だものね」
 窓の外は真っ暗で、六月の上旬ということを考えると、門限まであまり
時間はない。
 つまり、迷ってる時間もないわけで、俺は一気にお茶を流し込むと、かばんに
忍ばせていたプレゼントを、副会長の目の前に置いた。
「……これは?」
「今日、誕生日って聞いたからさ」
 呆然と俺を見つめる副会長。そんなに驚くことだろうか。
「開けてみて」
「え、ええ」
 ゆっくりと包み紙を開くと、ふたつの箱が出てきた。
 小さい箱には、蒼い珠をあしらったネックレス。大きい箱には、海岸通りで
一番人気のあるお店の御菓子が入っている。
「いろいろ悩んだんだけどさ。形に残るものと残らないもの、どっちがいいかって。
結局、決められなかったから、両方プレゼントすることにした」
「きれい……、それに、おいしそう……」
 彼女の目は、少し潤んでいるように見えたのは、俺の気のせいではないだろう。
「ありがとう、支倉くん。今まで、こういうふうに祝ってもらったことって
なかったから、本当に……」
 ありがとう、と声を詰まらせる副会長。
 まさか、そこまで喜んでもらえるとは思ってなかった。
「そ、それじゃあそろそろ帰ろう」
「ええ、そうね」
 彼女は嬉しそうに微笑むと、俺のプレゼントを大事にかばんに仕舞いこんだ。



 寮に戻ってきて、階段での別れ際に彼女を誘ってみたら、顔を赤らめてから、
こくりと頷いてくれた。
 俺はそそくさと部屋に向かい、ささっと準備をはじめた。そして……。
 こんこん
「どうぞー」
「お、お邪魔しま……」
「お誕生日、おっめでとー、えりりんっ♪」
 ぱんぱんぱんっ!!
 副会長が入ってくると同時に、みんなでクラッカーを鳴らす。しかし、どうして
それよりもかなでさんの声のほうがでかいのだろう。
 クラッカーをかぶった副会長は、目が点になっていた。
「あの、これは……?」
 部屋には、いつものお茶会のメンバー。机の上には大きなケーキ。垂れ幕には
豪快な筆づかいで『えりりん、お誕生日おめでとう(はぁと)』と書かれている。
「白ちゃんに聞いてね、みんなで千堂さんのお誕生会をしようってことになったの」
 陽菜が、副会長の髪にかかった紙くずをとりながら答える。
「おめでとうございます。瑛里華先輩」
 白ちゃんが、プレゼントのきんつばを差し出す。
「あ、ありがとう、白」
「私は、これだよ」
 陽菜は大きな紙袋だった。中身は……。
「これ、美化委員会の制服じゃない?」
「千堂さんにぴったりかなあって思って。孝平くんが力説してたから」
 副会長はじとりとした目で俺を見る。
「は・せ・く・ら・くん♪」
「いや、絶対に似合うって。みんなの前が恥ずかしいなら、俺の前でだけ
着てくれても、全然問題ないから」
 ……って、俺は何を言ってるんだ?
「うわぁ……」
「孝平くん、それはちょっと……」
「支倉先輩、大胆です……」
 白ちゃんまでっ?
 俺は自分の身の危険を感じたのだが、彼女の口からは予想外の言葉が
漏れた。
「ま、まあ。支倉くんが言うなら……き、着てみても、いいかな」
 ……。
「あーもう、そういう甘い展開はふたりきりの時にするよーに! ほら、
えりりん、わたしが用意したケーキもあるから、どんどん食べてね♪」



 その、かなでの言葉をきっかけに、千堂瑛里華のお誕生会は
はじまった。
 会場には甘いもの大好きという瑛里華のために、集めに集めた御菓子や
スイーツが山のようにあり、彼女は本当に嬉しそうにそれらを口に
運んでいた。
 瑛里華の笑顔、それがこんなにも見られたのだから、このイベントは
大成功だった。
 そう思って、孝平は素直に喜んでいた。
 ただ、ひとつの誤算は。
「……嘘」
 翌日、大浴場の隅に置いてある体重計の針を、呆然と眺める瑛里華
��と、かなで)の姿だった。
 教訓、甘いものは控えめに。















 おわり



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