2008/07/04

(ぷちSS)「かなでなべ」(FORTUNE ARTERIAL)(悠木 かなで)



 今年初めての真夏日を記録した今日、生徒会の仕事を片付けてから自分の
部屋に帰ってくると、もわっとした暑さが漂っていた。
「うわ~、こりゃエアコンの出番だな」
 リモコンのスイッチを押すと、すぐに涼しい風が出てくる。文明のありがたさを
実感していると、机の上に置いた携帯から軽快なメロディーが流れてきた。
「もしもし、かなでさんですか」
「うん、よくわかったね、こーへー」
「よくも何も、ディスプレイにはかなでさんの名前が表示されますし、俺の
携帯をいじって、専用の着メロ設定したのはかなでさんでしょうが」
「あっはっは、そうだったね」
 受話器の向こうからかんらかんらと笑うかなでさんの声が聞こえる。俺は、
冷蔵庫から冷えたジュースを取り出した。
「あっ、こーへー、今ジュース飲んでるね」
「……千里眼ですか」
 いきなり行動を当てられて、俺は飲もうとしていたジュースを吹き出すところ
だった。
「いやいや、こーへーのことなら何でも承知なのだよ」
「はぁ」
「愛のなせる業かな。きゃっ、はずかしい」
「……」
「もしもーし、反応がないとお姉ちゃん泣いちゃうぞ」
「すみません、どうも今日は暑くて頭の回転が鈍いみたいで」
 気候のせいにしつつ、ジュースを一口。うん、うまい。
「そうだよね~、暑かったもんね~。というわけで、今日電話したのは他でも
ないんだけど」
 ようやく本題らしい。
「おなべ、しよ♪」



 全てはかなでさんの思い付きだった。電話が終わった直後に陽菜が訪れ、
白ちゃんがテーブルのセッティングをし、副会長がダシをとり、紅瀬さんが
不本意そうにたたずみ、司が肉を、かなでさんが野菜を持って現れた。
「な、なんだなんだ」
「私に聞かないで」
 紅瀬さんはいつもどおりだ。
「孝平くん、はい、お皿」
「おう、ありがとうって、やけに準備いいよな」
「孝平くんたちが帰ってくる前から、準備してたから」
 少しだけ申し訳なさそうに笑いながら、陽菜がみんなに皿を配っていく。
「突然、悠木先輩に言われた時はびっくりしたんだけど、たまにはこういうのも
おもしろいわね」
 副会長は俺と一緒に帰ってきたので、俺同様に唐突に誘われたんだろうが、
やけににこにこしている。
「はい、紅瀬先輩。お箸です」
「……ありがとう」
 抵抗しても無駄だと悟ったのだろう、白ちゃんが差し出したお箸を素直に
受け取る紅瀬さんだった。
「んじゃ、そろそろ肉、入れるぞ」
 司が街で仕入れてきた肉を鍋に投入する。準備はこれで整った。
「それでは、第一回、かなでなべを開催いたします☆」
 テンションは最初から高かったが、それ以上に元気に主催者の挨拶が
はじまった。



 食べながら、かなでさんに聞いてみる。
「どうして、おなべなんですか」
「夏といったら、おなべでしょ?」
「あまり、聞いたことないんですが」
「細かいことは気にしない。ほら、お肉あげるから」
「うわうわ、そんなに入れたらこぼれちゃいますって」
「こぼれる前に食べるのが、鍋に対する礼儀だよ」
 それこそ初耳だった。
「それにしても、まさか紅瀬さんとこうしてお鍋を囲む日が来るとは
思わなかったわ」
「……そう、奇遇ね。私も今世紀中にはありえないと思っていたわ」
 一瞬、冷戦が始まるかに思えたが、鍋の熱気がそんなふたりの間に割って
入る。
「ほら、えりりんもきりきりも早く食べないとなくなっちゃうよ?」
「あー、それ私が育てていたお肉なのに!」
「ご、ごめんね、千堂さん。早めに取らないと煮立っちゃうと思って」
 ごめんねと謝りつつ、陽菜は取ったお肉を白ちゃんの皿にこっそり入れている。
「……」
「司、さりげなく、一番食ってるよな」
 黙々と口を動かしている司に話しかけると、司は俺を一瞥して、こう言った。
「しゃべってると、肉、なくなるぞ」
「へ……? あ、いつの間にっ」
「遅いわね」
 ふふん、と紅瀬さんは笑うと、七味唐辛子を大量に投入したお皿に入れた
肉を優雅に口に運んだ。



 壮絶な戦いが終わり、部屋は奇妙な熱気に包まれていた。エアコンはずっと
稼働中だが、そんなものは何の役にも立っていなかった。
 俺は汗を拭きながら、満腹になったお腹をさすっていると、隣にかなでさんが
やってきた。
「はい、こーへー」
 ちょこんと頭を向けるかなでさん。
「なんですか?」
「なでなでして」
「……」
「かなでなべのシメは、こーへーに頭を撫でてもらうこと。それがかなでなべの
由来なんだよ」
 すごい理由だった。
「孝平くん、お姉ちゃんにしてあげて」
「支倉先輩、がんばってください♪」
「年貢の納め時ね」
「見てるこっちも暑くなってくるわね~」
「早くしろ」
 観客はみんなにこにこだった。
 かなでなべじゃなくて、かなでなでだろ、と思いながら、俺はかなでさんの
頭を撫でた。
「にゃは~、ごちそうさまでした♪」
 それでもまあ、みんなが笑顔になれたんだから、これもかなでさんの、いや、
かなでなべのおかげか。
 みんなの楽しげな笑い声が、俺の部屋を包み込んだ。



0 件のコメント:

コメントを投稿