2008/09/29

「雨の御使い」(夜明け前より瑠璃色な)(フィーナ・ファム・アーシュライト)



 目が覚めた時から、雨が降り続いている。
 ついこの間まではうんざりするような暑さだったというのに、この変わり様は
何なのだろうか。
 月なら、天候はすべて制御されているので、不快に思ったりすることは
なかった。
「う~ん、これが地球の特色ってところかな」
 達哉はそう言う。
 もちろん私だってわかっている。それでも、つい達哉に質問してしまうのは、
私が月人だからだろうか。それとも、相手が達哉だからだろうか。



「それでは、行って来ますね、ミア」
 季節の変わり目で体調を崩してしまったミアの代わりに、買い物に行くことに
した。
「姫さま……すみません」
 しゅん、と落ち込んだ様子でミアは私を見上げる。
「気にすることはないわ。いつもミアは私を助けてくれているのだから、病気の
時ぐらいは私がミアをお手伝いします。ちゃんと寝ているようにね」
「はい。ありがとうございます、姫さま」
 ミアの頭を軽く撫でてから、私は家を出た。



 達哉は学院に用事があるそうで、私につきあえないことを残念がっていた。
 よく考えると、公務以外で達哉と一緒でないのは、随分久しぶりではない
だろうか。
 久しぶりの御使い、久しぶりの単独行動、そして雨。
 今日は、珍しい事尽くしだ。



「お、フィーナちゃんじゃないか。今日はミアちゃんは一緒じゃないのかい?」
 私は商店街に来ていた。八百屋のおじさんが、ひとりの私を珍しく思うのも
当然だろう。
 ミアが家で寝ていることを話すと、おじさんは残念そうに溜息をついて、
たくさんサービスしてくれた。
「ミアちゃんに早く元気になるように伝えてくれよ。それじゃあ、フィーナ
ちゃんも、また来てくれよな!」
 どっさりとお土産を貰ってしまった。
「おやおや、ミアちゃんが? それじゃあ、あたしもサービスしないわけには
いかないね!」
 魚屋に行くと、今度はおばさんがサービスしてくれた。
 こんな調子で、買い物を終える頃には、予定よりもたくさんの荷物に
なっていた。



 朝から変わらず、雨は降り続いている。片手に傘を持ちながらなので、
どうしても歩くスピードはゆっくりになる。
 雨じゃなければ、よかったのに。
 そう思ったが、すぐに反省した。
 雨だから出かけたくないなんて、まるでわがままな子どもみたいではないか。
ミアならきっと、嫌な顔ひとつしないはずだ。



 ゆっくりと家に向かって歩いていると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
達哉だ。
「今からそっちに行くから、待っててくれ」
 弓張川を挟んでの反対岸に達哉がいた。どうやら用事はすんだらしく、
帰り道で私に気がついたのだろう。
「おまたせ、フィーナ」
 達哉はそう言って、私の抱えている荷物を持とうとするが、私は断った。
「大丈夫よ。今日の私はミアの代わりですもの。きちんと仕事はこなして
みせるわ」
「それは立派だと思うけど、でも俺にも手伝わせてくれないか。家族だから、
お互いに助け合っていけばいいんじゃないか」
 それに、男だからやっぱり頼りにされたいしね、と達哉が言ってくれた
ので、私は素直に手伝ってもらうことにした。



 歩きながら、私と達哉はぴったりと寄り添って歩く。それは、雨が降って
いるから。傘を持つのは私の役目だからだ。
「達哉、濡れてない?」
「うん、大丈夫。フィーナこそ、濡れてないか」
「そうね、……少し濡れているのかもしれないわ。だから、もう少し近くに
寄っても……いいかしら?」
 私と達哉の距離が、また少し縮まった。
「雨の御使いというのも、悪いことばかりではないわね」
「そうだな」
 私たちは、朝から降り続いている雨の中を、ゆっくりとゆっくりと寄り添い
ながら歩いていった。






 おわり



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