2008/11/21

(ぷちSS)「桐葉の一日」(FORTUNE ARTERIAL)(紅瀬 桐葉)



 目が覚めた。
 目に映るのは、変わり映えのしない殺風景な自分の部屋。
 朝日と共に目覚めるのは、何年も過ごしてきた習慣なのだろう。
 ところどころ記憶が抜けていることはあるのに、自分が『眷属』ということと
主の命令は決して忘れることは無い。
 あきらめのような溜息が、桐葉のいつもの朝のはじまりだった。



「おはよう、紅瀬さん」
 声をかけられた。
 声をかけられること自体珍しいのだが、それが男の声であれば尚更珍しい。
 桐葉に声をかけてくるのは、『突撃副会長』と呼ばれている千堂瑛里華ぐらいの
もので、クラスメイトですらほとんど会話はない。
『フリーズドライ』とは、誰が言い始めたかわからないが、桐葉をうまく表現
している。
 真空凍結乾燥技術のように、その視線で瞬時に相手を凍結してしまうから。
「……おはよう、支倉君」
 桐葉は、その冷視線で射抜いた後、あくまで儀礼的に挨拶を返した。
 支倉孝平はそれを聞いて満足そうに微笑むと、足を止めて佇む桐葉を置いて、
すたすたと歩いていった。



 桐葉が登校したのは、三時限目がはじまる前だった。
「おはよう、紅瀬さん」
 朝と同じ声、同じ台詞が桐葉の耳に届いた。
「……おはよう、支倉君」
 桐葉も同じように返事をした。
 孝平はやはり満足そうに微笑むと、友人たちとの会話に戻っていった。
 変な人ね―――。
 桐葉は窓の外を見ながら、そう思った。



「陽菜は昼はどうするんだ?」
 昼休みのチャイムが鳴り、教室は生徒たちの活気にあふれた声でいっぱいに
なる。
「お、学食か。司も学食だろ、なら一緒に行こう。あ、よかったら紅瀬さんも
どうかな」
 桐葉に声をかけてきたのは、またしても彼だった。
「貴方、変わっているわね」
 問いかけに対する答えではないが、桐葉はそう答えた。
「そうかもな。これでも転校暦は長いから、いろんな人に会ってるんだ」
 孝平の答えも、どこかピントのずれたような返事だった。
「たまには、いいかしら」
 その答えを聞いて、目を丸くしたのは悠木陽菜と八幡平司だった。



「紅瀬さん、それはいったい何なんだ?」
 四人がそれぞれ自分の食べたいものを目の前に準備して、さあ食べようと
いうときに、孝平は桐葉に問いかけた。
「きつねうどんよ」
 真っ赤な瓶の真っ赤な中身をふりかけながら、桐葉は答えた。
「見てるだけで、舌がひりひりしそう……」
 陽菜の呟きは桐葉の耳にも届いているはずだが、桐葉は気にするそぶりすら
見せない。
「俺は、それを『きつねうどん』と呼んではいけないと思うんだが」
「貴方に許してもらう必要はないと思うけど」
「そりゃそうだな」
 相槌を打って、司は自分のからあげ定食を食べ始めた。
「それじゃあ、支倉君の頼んだそれは何かしら」
「ん? 焼きそばだけど」
「私は、紅しょうがの入っていない焼きそばは『焼きそば』と呼んではいけないと
思うわ」



 いつもの場所で夕焼けを眺めてから、私は寮の談話室で夜まで過ごす。
 特に何をするわけでもなく、窓の外を眺め続ける。
 そうしているうちに、一日は終わる。
 主を探すこと、それだけが使命の退屈な毎日だ。
「紅瀬さん、今日もここにいたんだな」
「何か、用かしら」
「いや、ただの世間話かな」
 と言って、支倉君は私の目の前に座った。
 変な人ね―――。
 私は窓の外を見ながら、そう思った。
 どこかから、にゃおんという猫の鳴き声が聞こえた。






 おわり



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