2009/06/13

(ぷちSS)「六月のさくら色」(さくらシュトラッセ)(マリー・ルーデル)



「春美、そろそろ3卓のお客様のデザート……」
 そろそろ頃合かと、優佳が厨房にやってくると、
「おっし、できた! マリー、仕上げ頼む」
「わかりました。ここをこうして……できましたっ。優佳さん、お願いします」
 流れるような作業で、コース料理のラストを飾るデザートが完成した。
「オッケー。これでオーダーのあった料理は終わりね。それじゃ早速持っていくわね」
 上機嫌で優佳は料理を運んでいった。



 ここはレストラン『かもめ亭』。再開当初は半人前だった春美も、二ヶ月ほどが経ち、
だいぶ余裕が出てきていた。それは、調理補助として一緒にがんばっているマリーのおか
げもあるのかもしれない。
「ようし、今のでオーダーは最後だっけ。んじゃ、こっちは一足お先に片付けに入るか」
「はい。私、お皿洗いますね」
 と言いながら、すでに皿を洗い始めているマリー。
 最初は魔法でなんでもこなしていたマリーだったが、春美の料理に対する気持ちを知っ
てから、厨房で魔法を使うのはやめていた。
 それは、魔法使いである彼女にとっては不便なことなのだが、マリーはイヤな顔ひとつ
しないで、春美の補助を務めている。
「春美さん、お皿はこれで全部ですか?」
「こっちに戻ってきている分は全部だな。後は、フロアにある分だけだ」
「それじゃ、フロアのお手伝いに行ってきますね」
「あ、そっちはゆー姉とかりんがいるから大丈夫だろ……って、もういないし」
 自分から率先して仕事をしてくれるマリーには、本当に助かっていた。
 しかし、がんばってくれるのはいいが、働きすぎではないだろうか。
「かりんなんて、何かありゃサボってるのになあ……」
「みーくん呼んだ? お皿引き上げてきたよ~」
 噂をすれば何とやら、かりんが両手に皿を持ってやってきた。
「おう、サンキュな。……あれ、マリーはどうした?」
「おそうじしてるよ?」
 厨房からそっと顔を出してみると、マリーはテーブルを拭いたり、お客様のテーブルを
回って水を注いだりとフロアでも笑顔で働いていた。
「で、お前はここで何やってるんだ?」
 きょとんとするかりん。
「えっとねー、休憩!」
「俺は、そんなことを許可した覚えはないんだが#」
「みーくん、目が怖いよ?」
 じりじりと後ずさるかりん。
「お、お、お仕事してきま~す!」
 猛ダッシュでかりんがフロアに戻っていった。
「ったく、しょうがないやつだな。まあ、もうすぐ営業時間も終わりだから、ちょっとぐ
らいなら大目に見てやってもいいんだが」
 相手がかりんなので、そういうわけにはいかないのであった。



「はい。それでは今日も一日お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたっ」
 優佳の挨拶で、今日のかもめ亭の営業は終わりを告げた。
「最近、少しずつだけど、お客さんが増えてきています。みんなには苦労をかけるかもし
れないけど、明日からもよろしくお願いします。ってなわけで、ごはんにしましょう♪」
「きゃっほぉー♪ ごっはん、ごっはん~、きょーおーのごはんはなんだろな~♪」
 いつものことだが、ごはんの時間はかりんがやたら元気になる時間である。
「今日はお前の好きなハンバーグだ。それと、チーズの特売があったから、隠し味に入れ
てみた」
「わ~い、みーくん大好き~」
 さっそくハンバーグを頬張りながら、笑顔を全身で表現するかりん。
「ハルミにしては、いい仕事」
「ん、どういうことだ。ルゥリィ?」
 マリーの隣で、ルゥリィが黙々と食べている。
「ルゥリィは、チーズが好物なんです。ね、ルゥリィ?」
「うん。チーズを好きな人に悪い人はいない。ハルミは、チーズ好き?」
「えーと、あらためて聞かれるとどうなんだろ……って、なんで俺のハンバーグ食ってや
がるんだよ、ルゥリィ!」
 ルゥリィのフォークが春美の皿に忍び寄り、ハンバーグを一切れ、掠め取っていた。
「……ハンバーグじゃない、チーズを食べただけ」
「ハンバーグの中にチーズが入ってんだよ~」
 嬉しそうに『チーズ』を食べるルゥリィをにらみつける春美。
「あ~、ルゥリィちゃんばっかりずるい~。みーくんみーくん、ボクにもボクにも!」
「お前にやったら俺の分がなくなっちまうだろ」
「みーくんのどけちっ、かいしょーなしっ」
「なんでそうなる……」
 かりんの食い意地が張っているのはいつものことであり、これぐらいの騒がしさでは優
佳も目くじらを立てるようなことはしないのだった。
「ったく、アンタたちは相変わらずね~。ところで、明日はお休みなんだけど、マリーちゃ
んはどうするの? あたしは早紀と出かけてくるから、お昼も夜も食事はいらないからね」
「あ、はい。わかりました。お休みですか……、特に何も考えてなかったですね~。春美
さんはどうするんですか?」
「そうだなあ……、たまにはデートでもするか」
「へ?」
「へ、ってお前なあ。普通の彼氏と彼女なら、休みの日はデートをするものなんだぞ」
 まあ、マリーは普通の女の子ではないのだが。
「それに、マリーは働きすぎなところもあるからな。休日ぐらいはゆっくり休んでもらい
たいって気持ちもあるし」
「春美さん……」
 春美を見つめるマリーのまなざしが熱っぽくなっている。
「なんか、目の前で堂々とデートの相談をされるとムカつかない? ルゥリィちゃん」
「うん、二人だけでやってろ」
「??? よくわかんないけど、みーくんのハンバーグは食べてもいいよね?」
 ひとり、空気を読めない子のかりんだった。



 そんなわけで翌日。
 ゆー姉は昨日の宣言通りに朝早くから出かけていった。ルゥリィは朝食を食べたら、いつ
のまにか姿を消していた。きっと、近所の猫たちと遊んでいるのだろう。ちなみに、かり
んはもちろん学校である。
「それじゃ、俺たちも出かけるか。マリーはどこに行きたい?」
 マリーはアニメが好きだから、アニメショップとかだろうか。
「えっと……それじゃあ、公園に行きませんか?」
「……公園?」
「はい」
「……ま、いっか」
「はい♪」
 マリーが行きたいっていうんだからな。何も特別な場所に行くことがデートってわけじゃ
あないからさ。
 戸締りを確認して、俺とマリーは並んで歩き出した。
 六月は梅雨の時期だけど、今日は天気の良い日で散歩日和ともいえる日差しだ。街路樹
の緑が、日の光を受けて気持ち良さそうにしている。
「もうすっかり桜もなくなってしまいましたね~」
 緑一色になってしまった桜の樹をマリーが見上げている。
「桜は春の中でも、ほんのわずかな時期だけだからなあ。この通りも『さくらシュトラッ
セ』なんて名前がついてるけど、その時期以外はどこにでもある普通の商店街だしな」
「それでも、私は好きですよ。桜だけが素敵な通りではなくて、住んでいる人たちもみん
な素敵な人たちですし。それに……春美さんにも会えた街ですし」
 真顔で恥ずかしいセリフを言われた。
「……いや、お前と最初に会ったのは、あの事故現場だからな」
 照れ隠しから、ついついそんなことを言ってしまう俺。
「うぐっ? ……その節はご迷惑をおかけしました~」
 しょぼんと落ち込むマリー。おいおい、冗談が通じないヤツだな。
「えーと、まあなんだ、まだまだマリーの助けは必要なんだから……こ、これからも俺の
そばに、いてくれないとな!」
「……はいっ♪」



 公園に着いた。
 ……。まあ、どこにでもある公園である。
「そう言えば、ここに来たのはお花見以来かもしれません」
 なんとなくベンチに座ってのんびりしていると、マリーがそんなことを言い出した。
「そうなのか? まあ、ルゥリィはよく散歩に出かけてるが、お前はあまり出かけないな?」
「……どうせ、私はオタクでひきこもりですよ」
 なぜここで凹む?
「別にお散歩がキライってわけじゃあないんですよ? ただ、ひとりで出歩いてもつまら
ないな~と思いまして。だから、今日は春美さんがいっしょで嬉しいです」
「そう言ってもらえるとこっちも嬉しいけどな。でも、どうせだったら桜が咲いてる頃だっ
たらよかったよな。さすがに六月じゃあ桜は咲いてないし」
 俺が言うと、マリーはにっこりと微笑んだ。
「桜なら、ほら、ここに」
 マリーの手のひらには、桜の花びらが乗っていた。いや、手のひらだけじゃない。いつ
のまにか、辺りは桜でいっぱいになっていた。
「ちょ、またお前は魔法を……!」
「いいじゃないですか。ここは厨房じゃありませんし。それに、春美さんとのはじめての
デートなんですもん、オマケしてください♪」
 そんな風に嬉しそうに言われると、そんな気がしてくる。ったく、しょうがないなあ。
「それにしても、お前ってなんでもアリだよなあ」
 桜の時間を巻き戻して、とかそんな感じなんだろうな、よくわかんないけどさ。
「魔法使いですから。でも、今からするのは女の子なら誰でも持っている魔法ですよ」
 そう言って、マリーはさくら色のくちびるをゆっくりと俺のくちびるに押し付けた。
 それは、やわらかくてあたたかい気持ちになる、さくら色の魔法だった。






 おわり



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