2009/06/22

(ぷちSS)「雨やどり」(Canvas2)(竹内 麻巳)



 窓から見える外の景色は、雨色。それも滝のような土砂降りで、朝からものすごい勢い
で止みそうな気配は少しも見えない。
「今日は……お客さん来ないかもね」
 人気の無い店内を見回して、軽く溜息をついた。



 毎週、決まった曜日は家の手伝いと決めているので、美術部部長としては部の活動が心
配ではあるものの、顧問の先生もいるので大丈夫だろう。
 もっとも、その顧問の先生がいれば、の話。
 今日も、首根っこひきずって部室に押し込んでから、急いで帰ってきたのだ。
 しかしながら、急ぐ理由はあったが、必要はなかったのかもしれない。
 普段なら、それなりには繁盛しているのだが、今日に限ってはまぎれもなく雨のせい。
『喫茶店やどりぎ』。
 その名のとおり、鳥が足を休めるように、疲れた人が足を休めに来てくれるお店である
といいなと思う。
「とは言え、この雨ではね……」
 降り止まない雨は無いとは言うけれど、今日のお客さんはあきらめたほうがいいのかも
しれない。
 父に話してみるとお前が決めろと言うので、少し考えて、今日のところは早めにお店を
閉めさせてもらうことにした。
 時間の無駄とまでは言わないが、こんな雨の日に来るお客は、偶然立ち寄ったのでなけ
れば、よっぽどの変わり者だろうし。
 そんなことを考えながら、営業中を示す札を下げようとドアを開けると。
「おっ、出迎えご苦労さん、竹内」
 よっぽどの変わり者が、濡れ鼠になって立っていた。



「まったくもうっ、どうしてこんな日に来るんですか、上倉先生は」
 私はいつものように文句を言いながら、先生の頭をタオルでごしごしと擦る。
「いてっ、イテテ。もっとやさしくしてくれないと、立派なメイドさんとは言えないぞ、
竹内部長?」
「ウェイトレスですから」
 衣装はまさしくメイドのそれだが、あくまでもウェイトレスなのだ。
「それじゃあウェイトレスさん。あったかいコーヒーを一杯もらえるか」
「……かしこまりました。少々お待ちください」
 タオルを先生に渡すと、私はにこやかな営業スマイルを浮かべた。
「まあ、迷惑だとは思ったんだが、ちょうど公園に差し掛かったところで傘がぶっ壊れち
まったんだ。ここに『やどりぎ』があって助かったよ」
 先生の話を聞きながら、私は父にオーダーを通す。
 すぐにコーヒーが出てきた。それも二杯も。
「どっちにしろ、今日はこれで店じまいなんだろ。先生もすぐに返すわけにはいかないか
ら、後はお前に任せた。そのコーヒーは、前払いの駄賃だ」
 と言って、父は奥に引っ込んだ。まあ、しょうがないかしらね。



 コーヒーを飲みながら、先生と話をする。内容は、部活のことだったり、部活のことだっ
たり、部活のことだったり、雨のことだったり。
「それにしても、中々止みませんねえ……」
「お前の部活話も中々終わらなかったんだから、おあいこだろ」
 それとこれとは関係ない、と私は思う。
「このままぼーっとしてるのも暇ですし、絵でも描きませんか?」
「え?」
「え? じゃないです。絵です」
「まあ、こういう景色はなかなか見ることができないからな。モチーフとしては斬新だが、
アイデアとしては悪くないな」
 これは、褒めてくれているんだろうか。
「それでは、今から道具を取ってきますので、ちょっと待っていてくださいね」
「ああ、雨が上がるまでここから出られないから、急ぐ必要は無いぞ」
 先生の声を聞きながら、私は思った。
 できるだけ長く、この雨が降り続きますように、と。



おわり



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