2009/06/16

(ぷちSS)「ディープブラッド」(FORTUNE ARTERIAL)(千堂 瑛里華)



 六月に入ってから、ようやく梅雨らしい気候になってきた。夕べは結構な強さの大雨で、
窓に叩きつけるように降る雨が滝のようだった。
 いつもよりも早めに眠った孝平は、いつもよりも早く目が覚めた。
 窓から差し込むのはお日さまの光。昨夜の雨が夢だったかのように、きれいな青空が目
に届いた。
 たまには散歩でもしてみよう。
 そう思った孝平は、ジャケットを羽織って部屋を出た。休日だからか、さすがに廊下に
は生徒の姿は見当たらない。
 無意識に静かに歩き、談話室に辿り着いた。
 がちゃりとドアを開けて中に入ると、人の気配がある。
 誰だろうと思う間もなく、窓際に佇む人影があった。
「なんだ、瑛里華か」
 窓際にある紅瀬桐葉の定位置の椅子に座り、ぼんやりと外を眺めていた千堂瑛里華は、
孝平に気がつくと、力の無い微笑を返した。
 孝平は瑛里華の真正面の椅子に座ると、
「どうした、元気ないな。低血圧か?」
 と問いかけた。
「いいえ、健康状態は良好よ。……血液だって、輸血用の物だけど、ちゃんと摂取してい
るしね」
 ふぅ、と小さな溜息をつく瑛里華。
「それじゃ、何か悩み事でもあるとか。俺でよかったら、話ぐらいは聞いてやれるけど」
 たいしたことじゃないのよ、と言ってから、瑛里華は訥々と語りだした。



 夕べのことなんだけどね、夢、を見ていたのかすらも覚えていないんだけど、唐突に目
が覚めたのよ。時計を見たら……二時を少し回っていたわね。
 窓の外はすごい大雨だった。バケツを何杯もひっくり返したようなっていう形容がぴっ
たりっていうのかな、そんな感じ。まったく、ドジな神さまもいたものだわ。
 それで、すぐに寝直そうとしたんだけど……眠れないのよ。
 すごく変な感じなの。学院の教室に忘れ物をしてきた、みたいな。
 もちろん、そんなのは気のせいに決まってるし、忘れ物があったところで夜中に取りに
いけるはずもないしね。
 だから、無理矢理にでも眠ることにした。目を瞑って、耳を塞いで。
 ……でも、やっぱり眠れないの。
 ……そのうち、なんだか背中が暑くなってきたわ。いやな汗が出てきたみたい。
 こんな状態じゃ眠るに眠れないと思ったから、シャワーでも浴びようと思って、洗面所
に入ったの。
 ……そしたらね、そこでやっと今までの違和感に気がついたの。



「何かって言うとね……、私の手が血で真っ赤に染まっていたのよ!!」





「うおっ!?」
 ぐわっと目を見開いて手のひらを突き出した瑛里華にびっくりして、俺は椅子ごと後ろ
にひっくり返った。
「……ぷっ、あっははは……はぁ~、なんともおもしろいリアクションね、孝平♪」
 瑛里華はお腹を抱えて大笑いしながら、俺を見下ろしていた。
「なんだよ、今の話は全部ウソか?」
 瑛里華の手を借りて起き上がった俺は、ぎろりと瑛里華をにらむ。
「ごめんごめん、まさかそんなにびっくりするなんて思わなくって。でも、ウソじゃない
わよ? 全部本当の話」
 手を合わせて謝る瑛里華。まあ、俺も本気で怒ってるわけじゃないけど。
「本当にウソじゃないのよ。私もびっくりしたんだけどね。なんで手に血がついていたかっ
ていうと、知らない内に蚊を退治していたみたいなの」
「……蚊?」
「ええ。孝平だって、眠っている時に蚊が耳元を通ったりして眠れないことがあるでしょ
う。そういう時、むやみやたらに手を振り回したりするじゃない。それで、偶然に蚊を潰
していた……みたい」
 なんだそりゃ。
「蚊も人間の血を吸う生き物だし、吸血鬼の一種みたいなものでしょ。だから、これって
言わば『吸血殺し(ディープブラッド)』よね」
 ……。
「ふふっ、なんだかすっきりしたわ。あ、孝平はどこかに出かけるのかしら。ねね、もし
よかったら、私も一緒に行ってもいい?」
「ああ、別にいいけど」
「それじゃ、ちょっと用意してくるから待っててね」
 そう言って、瑛里華は音も立てずにすごいスピードで自分の部屋に向かった。
 ……なんだかなあ、まるっきり瑛里華のペースだな。
 騙されたのはくやしいが、元気が無い瑛里華よりは、元気が有り余っている瑛里華のほ
うが何倍もいい。
 そう思った俺は、椅子に座りなおして瑛里華がやって来るのを待つのだった。



おわり



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