2009/06/07

(ぷちSS)「サプライズ・パーティー」(FORTUNE ARTERIAL)(千堂 瑛里華)



 窓の外は梅雨の時期なのにも関わらず、夏を先取りしたかのような晴天だった。
 監督生室は生徒会の仕事でいつも忙しく、無駄話をしている暇もないほどだ。
「暑いわね……」
 珍しい瑛里華のつぶやきを聞いた孝平は、こっそりと白を呼んで、耳打ちした。
「わかりました。少々、お待ちくださいね」
 と言って、白は給湯室に入っていった。



 数分後、タイミングを見計らった白が出てきて、瑛里華の前に立った。
「瑛里華先輩、お茶にしましょう」
 両手にお盆を持ち、人数分のお茶とお菓子が用意されている。
「あら、気が利くわね、白。今日のおやつは何かしら?」
「『さゝき』の水ようかんです。冷たくしておきましたので、お早めにどうぞ」
 そう言って、お茶とお菓子を置いた白は、孝平にだけわかるように微笑んだ。
「う~ん、冷たくて美味しい~。まだ夏には早いけど、今日のような日には水ようかんは
ぴったりのおやつだと思うわ」
 瑛里華はにこにこと笑いながら水ようかんを口に運んでいる。
 今がチャンスだ。
「瑛里華、ちょっといいか」
「なあに、孝平」
「相談に乗ってほしいことがあるんだが」



「ふむふむ。要するに、とある生徒の誕生日祝いをやりたい。で、どうせなら驚かせたい
というわけね?」
「ああ。下級生に相談されてさ、なかなかいい案が思い浮かばなくって。瑛里華も考えて
もらえると助かるんだけど。もちろん、仕事の邪魔だって言うんなら遠慮してもらっても」
 と孝平が言いかけた言葉を、瑛里華は遮る。
「孝平、私を誰だと思っているの。学院のみんなの為に働くのが生徒会長なの。その生徒
会長である私が、生徒の悩みをないがしろにするなんてありえないわ!」
 言い切った瑛里華の背後に、真っ赤な炎が見えていたのは、孝平の気のせいではない。
「瑛里華先輩……、素敵です」
 頬を染めながら、うっとりと白が瑛里華を見つめる。
「そうね……。それじゃ、こういうサプライズ・パーティーはどうかしら?」
 瑛里華は自信に溢れた瞳を孝平に向けた。



 数日後の六月七日。この日は日曜日だったが、正午きっかりに全寮放送が流れた。
『ぴーんぽーんぱーんぽーん。やあ、みんな。久しぶりだね。新入生のみんなははじめま
して、かな。前生徒会長の千堂伊織だ。
 こうやって寮の放送を使わせてもらっているのは、とあるイベントの告知をしたかった
んだ。
 今日の午後三時。時間がある人はツキ……じゃなくて、穂坂ケヤキ跡地に集合してくれ。
なるべく、たくさんの人数が集まると、俺も嬉しいな。友人、知人、生徒や先生、誰でも
オッケーだ。今すぐ自分の携帯のアドレスに載っている全員にメールを送ってくれ。
 それじゃ、待っているよ~。ぴーんぽーんぱーんぽーん』



「ったく、何なのよ、あれはっ!」
 憤慨しながらも集合時間の15分前には、瑛里華は穂坂ケヤキ跡地にやってきていた。
「まったくもう、兄さんは卒業しても兄さんなのよね」
「当たり前だろ。まあ、何が始まるかは始まってみてのお楽しみだな」
 孝平をじっとりとした視線で見つめる瑛里華。
「……なんか、あやしいわね」



 時間になり、伊織が仮設されたステージに上がった。
「みんな、今日は俺の為に来てくれてありがとう! いやー、まさか”全員”が集まって
くれるなんて思わなかったよ」
 そう、寮の外に出かけている生徒たちはさすがにいないが、寮に残っていた生徒たちは
全員がこの場に集まっていた。
「俺も心の底からうれしいよ。それじゃあ、さっそくはじめようか! 『千堂瑛里華さん
お誕生日おめでとうパーティー』を!!」
 伊織がそう言った瞬間、みんなが隠し持っていたクラッカーを鳴らした。
「え、え、どういうことなの……?」
 ひとり、何も知らされていない瑛里華は、目をぱちぱちしている。
「どうした、瑛里華。早くこっちに来いよ。主役が来なくちゃはじまらないだろう?」
「え、あ、うん」
 よくわからないまま、瑛里華がステージに上がると、大歓声が瑛里華を迎えた。
「いやー、支倉君に頼まれちゃってさー。瑛里華の誕生日をサプライズでお祝いしたいん
ですけど、何かいい案はありませんかってね。んで、俺は『そんなの、本人に考えさせた
らいいだろ』って言ってやったんだ」
 そこまで言うと、伊織は持っていたマイクを孝平に投げる。マイクをキャッチした孝平
が、後を続けた。
「そんなわけで、これからここにいるみんなで大ビンゴ大会をはじめたいと思います! 
 瑛里華のために用意されたプレゼントがここにあります。これを、このビンゴ大会の優
勝者に差し上げます」
 孝平の説明に、みんなが歓声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ。私のプレゼントなんでしょ、それ?」
「そうだけど?」
「じゃあ……」
「でも、瑛里華が考えたんだぞ、これ。ビンゴ大会の優勝者がプレゼントを貰うほうが、
白熱すると思わないってさ」
 確かにそうだった。数日前、孝平に相談された時に瑛里華自身が考えたのが、このビン
ゴ大会だったのだ。
「くっ……」
 しばらくうつむいて身体を震わせていた瑛里華だったが、次に顔を上げたときは、いつ
もの勝気な笑みを浮かべていた。
「……やってくれるわね、孝平。おもしろい、実におもしろいわ。そうよね、白熱するっ
て言ったのは私。だから、その言葉を私自身で証明してみせるわ。私、千堂瑛里華が全力
で証明してみせるわ♪」
 言い切った瑛里華の背後に、真っ赤な炎が見えていたのは、孝平だけではなかった。



 そして、熾烈を極めたビンゴ大会がはじまった。
 参加人数が多いこともあり、通常よりもマス目が多い上、ひとりずつ番号札を引くので
やたらと時間がかかっていた。
 ただ、予想外だったのは、ひとりひとりが瑛里華のためにプレゼントを用意しており、
番号札を引いた生徒が順番にプレゼントを優勝商品に追加していくのだ。
 少しずつ商品が豪華になっていき、少しずつビンゴの確率が上がっていく。
 みんなの期待は加速度的に上昇していった。
 そして……。
「さーて、そろそろビンゴが揃ったヤツが出てもおかしくない頃合だが、リーチのヤツは
ステージに上がってくれ」
 伊織が言うと、瑛里華と孝平の二人がステージに上がった。
「おや、この二人だけかい? 神様も粋な計らいをしてくれるもんだねえ~。愛し合う二
人が、最後にはひとつだけのものを賭けて争うんだから」
「そんなんじゃないでしょ!」
 全力で瑛里華が突っ込んだ。
「ちなみに支倉君は何番で揃うんだい?」
「俺は、82番ですね」
「ふむ、瑛里華の胸のサイズか。瑛里華は?」
「……88番。ってか、誰の胸のサイズよ! それ去年のデータだから」
「残念だったね、支倉君。瑛里華の胸、縮んだみたいだよ?」
「んなわけあるかっ! 成長してるって言ってるでしょ!!」
 瑛里華の魂の叫びが会場中に響き渡った。それと同時に、みんなの笑い声が会場をいっ
ぱいに満たした。



「……なんとなく、予想していたのよね」
 がっくりとうなだれる瑛里華。
 瑛里華が引いた番号は、瑛里華の胸のサイズ(昔)だった。
「というわけで、優勝は現生徒会副会長の、支倉孝平君に決定~。おめでとう、支倉君。
早速だけど優勝者インタビューをはじめよう。今の気持ちは?」
 伊織が孝平にマイクを向ける。
「ええっと、まさか優勝できるとは思っていませんでした。本来なら、仕込みで瑛里華に
優勝させるのがいいんでしょうけど、今回のパーティーは企画通りなのは最初だけでした
から」
「まあ、そりゃそうだよね。そのほうが俺もおもしろいし。では、商品はどうするんだい?」
「これは……こうします」
 そう言うと、孝平はうずくまっている瑛里華の肩に手をかけた。



「瑛里華、誕生日おめでとう。俺たちみんなからのプレゼント、受け取ってくれるか?」



「孝平……」
 瑛里華がびっくりしたように顔を上げる。
「ごめん。実は、最初から誰が優勝してもプレゼントは瑛里華に渡すように決めてたんだ。
だって、おかしいだろ。これは瑛里華の誕生日パーティーなんだからさ」
「……ひどいわ」
「え?」
「私をだましたのね?」
「い、いや、そういうつもりはあったというかなかったというか」
 ふるふると肩を震わせる瑛里華に、孝平はおろおろするばかり。
「ごめん。ほんとにごめん。もう絶対瑛里華をだましたりしないからさ。な?」
 ぺこぺこと孝平は瑛里華に平謝りだ。
「……ふふふっ、孝平ったら本当におろおろしてる」
「え?」
「どう、驚いたかしら? 今日は孝平にもみんなにも驚かされてばっかりだから、最後く
らい私が驚かしてもいいでしょう。だって、これはサプライズ・パーティーなんだから♪」
 瑛里華がにこりと笑うと、みんなも笑い出した。
「みんな、どうもありがとう。私は、今日とっても驚いたけれど、とっても楽しくて幸せ
な一日だった。これからも、学院をおもしろくするために全力でがんばるから、みんなの
力を貸してね。以上、突撃生徒会長、千堂瑛里華! ……なんてね♪」
 笑顔の連鎖はどこまでもどこまでも続いていった。






 おわり



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