2009/07/25

(ぷちSS)「6日目 後悔は似合わない」(舞阪 美咲)



 土曜日の朝。今日は部活が休みなので、実に一週間ぶりに目覚ましのない、自然な目覚
めを得られた気がする。
 うーん、やっぱり自然が一番だよな。規則正しい生活も大事だとは思うが、日の出と共
に起きて、日の入りしたら就寝という生活も悪くないかもな。
 ……いや、そんな生活は美咲が許さないだろう。あいつは時間の許す限り遊びまくる。
遊ぶ時間がなければ、ムリヤリにでも作るからな。何度ムチャなことをやらされたことか。
 そんなことを考えながら朝食を済ませると、携帯電話がメール着信のメロディを奏でた。
「えーっと、美咲からか」
『おはよ、雄一。ちゃんと起きてる? 敏腕マネージャーさんは、休みの日でも完全サポ
ートなんだよ♪ それじゃ、今日もはりきっていこう!』
 文面はシンプルなものであり、どこにもおかしなところはない。が、これが美咲から送
られてきた、ということ自体が問題なのだ。
「しょうがない。ちょっと散歩にでも行くとしますか」
 食後の腹ごなしも兼ねて、俺は出かけることにした。そのついでに、ちょっと寄り道す
るぐらいはいつものことだ。



 天気が不安定なので、陽射しよけの帽子をかぶりつつも、傘を片手に歩く。備えあれば
憂い無し、というやつだ。いや、むしろ憂いが有るから備えているような気もするな。どっ
ちがこの場合正しいんだろう。
 などとどうでもいいことを考えながら歩いていると、目の前にポニーテールのお姉さん
が現れた。
「おはようございます、麻美さん」
「おはよう、雄くん。どうかしら?」
 いきなりどうかしらもないと思うが、ここで返事を間違えると好感度が下がるので、
「よく似合ってますよ、ポニーテール。でも、珍しいですね」
 と答えた。
「ありがとう♪ ポニーテールって元気の象徴みたいなところがあるでしょ。だから、こ
れを見た人は元気になってくれるかなって」
 ……やっぱり。
「美咲、います?」
「ええ。部屋で寝ているわ。私はちょっと薬局まで行ってくるので、戻ってくるまで美咲
ちゃんのそばにいてくれないかしら」
「オッケーです」
 ありがとう、と麻美さんは小走りで歩いていった。
 これは、予感が的中したかな。



 コンコン。
「はーい。あ、雄一。……ちゃ、ちゃんと起きたんだね。やっぱり美人マネージャーさん
大活躍だね」
 美咲はにっこりと笑う。布団に入ったまま。
 俺はツッコみたいところをガマンして、美咲のそばに腰を下ろした。
「おかげでちゃんと起きたよ。で、美咲はどうして寝てるんだ。風邪か?」
 夏とはいえ、風邪をひくこともある。特に最近は新型インフルエンザも流行しているか
ら、もしかしてということもあり得るが、今回はいいはずだ。
「ううん、風邪じゃないよ」
 やっぱりな。もしインフルエンザの兆候があるなら、麻美さんが美咲のそばにいてあげ
て、なんて言うはずがない。
「それじゃあどうした。気分が悪いのか」
「えっとね、言っても怒らない?」
「なんで怒るんだよ。怒られるようなことか?」
「うん」
 即答された。
「……オッケ。特別サービスで、怒るのは明日にしておく」
「ううっ、それはサービスに入らないよぉ~」
 泣きまねをする美咲。無論、そんなことでごまかされたりはしない。
「……しょうがない。他ならぬ雄一のお願いだから、教えてあげようかな」
 そこまでお願いしてないけど。
 美咲は一回深呼吸をすると、こう言った。



「食べすぎでお腹壊しました」



 ちょ、それは女の子としてどうなのさ。
「昨日のアレが原因だよな、やっぱり」
「うん、多分……。昨日は平気だったんだよね。帰ってからも普通にごはん食べたし、デ
ザートにスイカも食べたし、お風呂上りにホットミルクも飲んだし。
「それは、すごいな……」
「でしょう? えっへん」
 威張るところではない。
「で、今朝になったら急にお腹痛くなってきちゃった。動くと余計に痛くなるから、寝た
ままでゴメンね」
 それは今謝るところじゃないだろ。
「はあ~、ったく、心配させるなよな」
「……ごめんなさい」
「俺にじゃなくて、麻美さんにだよ」
「お姉ちゃん?」
「ああ。俺は、美咲の心配なんて慣れっこだし、いちいち気にしてないからさ。麻美さん
も美咲の姉さんなんだから慣れてるかもしれないけど、心配させないほうがいいよな」
「うん。でも、それじゃ雄一も……」
「だから、俺は慣れてるからいいの。何度も同じことを言わせないように」
 コツンと美咲の頭を叩く。
「えへへ、ありがと」
 叩かれて喜ぶな。
「でも、俺も断りきれずに奢ってしまったから、責任が無いわけじゃないよな。今度から
気をつけるよ」
「そうだね」
 ……お前が言うな、とツッコみたい気持ちを必死でガマンした。
「まあ、やっちまったもんはしょうがない。次に同じことしないようにな」
「うん! 後で後悔しないように、今度からはもっと胃袋を鍛えておくねっ。……あいたっ」
 ここはツッコんでもいいところだよな。
 でも、美咲には沈んだ顔も後悔も似合わない。多少暴走しても、俺がブレーキをかけて
やれば、それで大丈夫だと思う。
「えへへ」
 美咲はニヤニヤと笑う。
「どうした?」



「雄一の顔を見てたら、なんだかお腹痛いのが弱くなってきたかも♪」



 喜んでいいのだろうか。
「……よかったな」
「うんっ」
 本当に元気が出てきたような、そんな笑顔の美咲だった。



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