2009/08/01

(ぷちSS)「13日目 真の夏がはじまった」(舞阪 美咲)



「いよいよ夏本番だね、雄一!」
 朝から元気200%の美咲が、俺を叩き起こした。
「本番も練習もないだろ……。美咲の中ではいつから本番なんだ」
 眠い目をこすりながら言うと、
「八月から♪」
 と、満開の笑顔。これは、もう何を言ってもダメだと、俺の経験が判断した。
「しょうがない。今着替えるから、美咲は朝メシを用意してくれ。食パン焼くだけでいい
から」



「隠し味に、たっぷりの愛情はいかがですか?」



「……程ほどにな」
「うんっ☆」
 うれしそうに頷くと、ポニーテールを振り回しながら部屋を出て行った。
 焼きあがったパンに、どんなジャムが塗られているかは、想像しないほうがよさそうだ。



 土曜日なので部活は休みだ。だが、夏休みは「休み」ではないのだ。何を言っているの
か伝わらないかもしれないが、ニュアンスで判断して欲しい。
 どこに遊びに行こうと考えている暇もないので、とりあえず目に付いた自転車を引っ張
りだしてみた。
「自転車に乗るのも久しぶりだなあ」
 ペダルを回してみると、多少重たい気はしたがちゃんと回ってくれた。これならきっと
大丈夫だろう。
「雄一。盗んだ自転車で走り出しちゃいけないんんだよ?」
 美咲が疑わしげな目つきで俺を見る。
「いやいや待て待て。明らかに俺の家の庭にあった自転車だろ。しかも俺が買ってもらっ
た自転車で、俺の名前もちゃんと書いてある。さらに、それを言うなら『盗んだバイク』
だぞ」
「じゃあ、雄一は盗んだ自転車で走ってもいいって言うの?」
 時々会話が通じないんだよな……圏外なんだろうか。
「もう~、雄一は冗談が通じないんだから」
 冗談通じなくてもいいから、会話を通じさせてくれ……。



 俺はとりあえず、美咲を荷台に乗せて走りだした。
「せっかく荷台があるんだから、二台で行くのはもったいないでしょ」
 というのは美咲の言葉だが、どこにも説得力はカケラもない。
「どこに行く?」
「富士山!」
「いや、ムリだから。で、どこに行く?」
「琵琶湖!」
 お前は日本一ばっかりだな。
「せめて、日帰りできるところでお願いします」
「それじゃあね、玉城公園展望台にしようよ♪」
 ま、それが妥当なところか。
「オッケー。それじゃ出発しまーす。発車間際の駆け込み乗車は大変危険なのでお止めく
ださい」
「準備はバッチリだよ~」
 ぎゅうっと俺の腰に腕を回す美咲。……っく、やわらかいな。
「どしたの、雄一」
「い、いや、発射、じゃなくて発車します!」
 俺はくすぐったさをガマンしながら、ペダルに力を入れた。



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