2009/08/18

(ぷちSS)「30日目 熱しすぎにご注意」(舞阪 美咲)



 ゆらゆらと視界が揺れている。夏にありがちな光景だ。あまりの暑さに、地中の水分が
蒸発して水蒸気になっているのだろう。
「俺の水分も、蒸発しているんだろうなあ……」
 ぶっ倒れたまま、虚ろな目で呟く。
「雄一、そんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ?」
 ノーテンキな声が頭上から響く。
「……お前は、俺が寝ているように見えるのか」
「うん♪」
 なんでそんなに嬉しそうなんだ。
「舞阪。笹塚は睡眠不足なんだ。ゆっくり寝かせてやれ」
「そうなんですか、平田先生」
「ああ、私の言葉に二言はない」
 先生のくせにとんでもない嘘を平気でつくのはやめてほしい。だが、今の俺にはツッコ
ミの体力も惜しいのだ。
「でも、寝る前にお昼ご飯食べないと、大きくなれないよ」
「それもそうか。よし、笹塚起きろー。起きないと二学期の成績はすごいことになるから
なー」
「アンタほんとに教師ですか!」
 疲れも吹っ飛んだわ!
「なんだ。まだまだ元気そうじゃないか」
 にやにやと笑う平田先生だった。



 そもそも、この暑さの中で猛練習させる先生にも問題があると思うのだ。しかも、俺だ
けどういうわけか特別メニューで。
 なんとかノルマは達成したものの、練習終了後にバタンキューだった。
「あ、雄一起きたんだ。それじゃごっはん、ごっはん♪」
 美咲はどうしてこんなに楽しそうなんだろうな。
「それはもちろん、雄一とごはんが食べられるからだよ」
 ええい、恥ずかしいセリフ禁止!
「恥ずかしくないのにー」
 俺が恥ずかしいんだよ。
「ほらほらお前たち。いちゃいちゃしてると見てるこっちまで熱くなってくるから、そう
いうのは二人っきりの時にやれよー」
 中途半端な叱り方ですね!
「雄一、あっちにいこ♪」
 二人っきりになろうとするな!!
 まずい、このふたりと一緒にいると、何もしていなくても体力を消耗してしまう。ここ
は早いとこ昼飯を食べて、少しでも休むことにしよう。



「美咲、ごはん」
「は~い☆ こっちだよ」
 美咲に手を引っ張られるがままに付いていくと、なんだかぐつぐつと煮えている音が聞
こえる。
「えーと美咲さん。これは?」
「おなべだよ」
「見りゃわかる。もしかして、これが今日のお昼だと?」
「そうだよ~。熱い時には熱いもの。これ、日本の常識だね♪」
 なんともイヤな常識だな、おい。
「雄一、もしかしてイヤだった? せっかくわたしが愛情込めて作ったのに」
「う」
「お姉ちゃんにもいろいろ教えてもらって、香奈ちゃんにも練習手伝ってもらって」
「ぐ」
「みんなみんな雄一の為に」
「いっただっきまーす!」
 俺は半ばムリヤリに、なべに向かっていった。
 なべはひたすら熱く、残っていた水分も本当に蒸発してしまいそうだったが、味に関し
て言うなら、とても美味しかった。



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