2009/08/09

(ぷちSS)「21日目 初日から大騒ぎ」(舞阪 美咲)



 珍しく、スッキリとした朝だった。
 着替えてから居間に置いてあるテレビのスイッチを入れて天気予報を見ると、この一週
間は日本全国どこもかしこも太陽のマークでいっぱいだった。
 これなら心配ないな。
 せっかくの旅行だ。雨も思い出にはなるだろうが、晴れているほうが嬉しいものだ。
 俺は帽子をかぶり、荷物を持つと家の扉を開けた。



「おはよう。雄くん」



 すると、麻美さんが立っていた。
「おはようございます」
 俺が挨拶をすると、麻美さんはにっこりと笑った。
「……えーと、美咲は?」
 麻美さんはにこにこと笑っている。
「もしかして、寝てるんですか」
 尋ねると、麻美さんはこう答えた。



「あのね、お姫様を起こすのは、王子様の熱~いキッスなのよ♪」



 あー、もうっ!
 全速力で美咲を叩き起こして準備を終わらせたのは、それから15分後だった。
「ごめんね、雄一。旅行が楽しみで眠れなくて」
「いや、気持ちはわかるから。もういいけど、平気か?」
「うん。雄一の声を聞いたら、身体も目が覚めたみたい。それじゃお姉ちゃん、行って来
ます♪」
「行ってらっしゃい、美咲ちゃん、雄くん♪」
 麻美さんは、ずっとにこにこと笑っていた。



 駅前で弘明とグッさんに合流して、しばらくは電車の人になる。
「普段はあんまり電車に乗らないから、なんだかわくわくするな」
「そうだね~。雄一、あんまりはしゃいじゃダメだよ?」
「美咲に言われるとは思わなかったな。グッさんなら納得だけど」
「ゆ、雄一君、あんまりはしゃいじゃダメだよ?」
「おう」
「うわ、エコひいきだ。やっぱり時代はエコだね」
「そのエコじゃないけどな。というか、舞阪が一番はしゃいでるじゃないか」
「いいじゃない、弘明くん。ちゃんと他の人には迷惑をかけないようにしてるから」
「俺たちは他人じゃないんだよな……」
「もちろんだよっ♪」
 とまあ、こんな感じで二時間ほどの電車の時間はあっという間に過ぎていった。



 最寄の駅に着いてから、徒歩で一時間。そこに弘明の親戚が経営している旅館はあった。
「よーし、みんなお疲れ。普通の客はタクシーを使うんだが、俺たちは貧乏学生だからな。
でも、これぐらいならまだまだ元気だよな」
 そりゃまあ、そうなんだけど。だったら先に言っておけっての。
「香奈ちゃん、大丈夫?」
「……うん。ちょっと疲れたけど、平気だよ」
 グッさんは園芸部だが、外での作業も多いから意外に体力があるのかもしれないな。
 美咲は元気のカタマリなので、心配はいらないが。



「こんにちは~。弘明くんご一行が到着しました~」
 弘明が開いている入り口から入って、中にデカイ声で呼びかけた。
 すると、中からバタバタと騒々しい足音が聞こえた。
「そんな大きな声じゃなくても聞こえるってば! ヒロの声は大きいんだから、少しは気
を使いなさいよね」
 現れたのは、俺たちと同じぐらいの女の子だった。
「それじゃ改めて、と。いらっしゃいませ。旅館『高月(たかつき)』へようこそ。私は
あなたたちのお世話をする、野洲明子(やす あきこ)です。よろしくお願いします」
 深々と頭を下げて、女の子は自己紹介をした。



 明子さんは俺たちと同じ年で、弘明の親戚だった。昔ながらのおかっぱ頭で、てっぺん
にはきれいなわっかが見えている。一見すると、グッさん以上に大人しそうだが、実際は
しゃきしゃきした女の子だった。
 家の手伝いで俺たちの相手をしてくれることになったらしい。
「えっと、それじゃ雄一くんに美咲ちゃん、香奈ちゃんでいいよね。私のことは明子でも
明子ちゃんでもなんでも好きに呼んでくれていいからね♪」
 部屋に通してくれた後、明子ちゃんと俺たちは早速打ち解けた。同い年なんだし、お客
とは言っても身内みたいなものだから、堅苦しいのはなしにしようってわけだ。
「それじゃ、ヒロ。悪いけど、掃除はそれぞれやってもらうってことでいいんだよね?」
「おう。道具は後で借りに行くよ」
「わかった。それじゃあ、また後でね、みんな」
 明子ちゃんはそう言って、戻っていった。……掃除?
「おい弘明。掃除ってなんだ?」
「……あー、言ってなかったっけ。格安にしてもらったから、細かい仕事は自分たちでや
ることにしたんだよ」
 だから、そういうことは先に言えっての!
 俺たちは弘明を袋叩きにした後で、それぞれの部屋の掃除をする羽目になった。
 結局、一日目は移動と掃除で消化されていくのだった。



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