2009/08/24

(ぷちSS)「贋者語」(FORTUNE ARTERIAL)



 夏休み直前の、とある日の昼下がり。食後間もない授業は睡眠の温床であり、司はすで
に熟睡している。
 孝平もがんばってはいたものの、期末試験も終わった安心感と、食後の満腹感が手伝っ
て、次第に頭を揺らし始めた。
「支倉君」
 小さいが、針の穴を通すような声が孝平の耳に届いた。
「ん?」
 声の主は言うまでもなく、後ろの席の紅瀬さんだ。大げさに振り向くわけにはいかない
ので、ちらりと後ろを見ると、
「目障りね」
 強烈な毒を吐かれた。
「目の前で頭を揺らされると、とても目障りだわ。次に見つけたら、刺すから」
 とてつもなく物騒なことを言われた。
「善処する」
 とは言ったが、時間が経てば経つほど睡魔は仲間を呼び出して、孝平の耐久力を削って
いく。
「……ぐ」
 グサッ
「アーッ!」
 痛みに思わず立ち上がる孝平。首筋を押さえると、鮮血が指についた。
 桐葉の手には1本のシャープペンシルがあり、そこには孝平のものであろう血が付着し
ていた。
「(……これぐらいの傷なら、平気だけどっ)」
 吸血鬼の眷属である孝平にとって、多少の傷はすぐに治る。だが、痛覚がないわけでは
ないのだ。
「どうした、支倉」
 その声で我に返ると、クラス中の視線が自分に集まっており、数学教師が怪訝な目を向
けていた。
「あ……いえ、その……先生の板書が間違ってるなあと」
「そうか、どこだ?」
「……思ったんですけど、俺の見間違いでした。すみません」
 孝平はぺこりと頭を下げた。
「そうか、まあいい。座りなさい、授業を続けるぞ」
 教師が黒板を向いた隙に後ろの席をちらりと見ると、桐葉は何食わぬ顔で教科書を眺め
ていた。



 そのすぐ後の休み時間。隣のクラスから瑛里華がやってきた。
「どうかしたの、孝平。さっきの時間、あなたの声が聞こえたんだけど」
「あー、えーとなんでもないと言えばなんでもないんだが」
 桐葉は、授業が終わるとすぐに姿を消していた。
「ふうん。まあいいわ。あとで教えてもらうからね。……孝平の血の匂いがしたんだから、
私に知っておく権利ぐらいあるものね」
 瑛里華はそう呟くと、自分のクラスに戻っていった。



「大変だったね、孝平くん」
 瑛里華が戻ると、今度は陽菜が話しかけてきた。
「いや、まあたいしたことじゃないから」
 孝平が言うと、陽菜は苦笑する。
「だめだよ、孝平くん。いくら孝平くんが丈夫だからって、あれはやりすぎだと思う」
「え……。もしかして陽菜、見てたのか?」
「偶然見えただけ。でも、紅瀬さんがやりすぎたのはわかったよ」
「すごいな陽菜は。なんでも知ってるんだな」
「なんでもは知らないよ。知ってることだけ」



 急に用を足したくなったので急いでトイレに向かうと、前から伊織先輩が歩いてきた。
「おやおや支倉君。元気いいなあ。何かいいことでもあったのかい?」
「そんなわけないでしょ」



 用を足してクラスに戻ろうとすると、今度はかなでさんが歩いてきた。
「おや、ありゃりゃぎさん」
「違いますよ、かなでさん。俺の名前は孝平です」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ……」
 ガブリ
「かみまみた」
「絶対わざとだ! っていうか、噛む意味がないでしょ?」



 廊下で騒いでいると、涼しい顔をしながら紅瀬さんが通り過ぎようとした。
「騒がしいわね」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「私のせい、ではないわね」
 噛み付いているのはかなでさんだった。
「こ、これはそうだけど、さっきのことだ」
「何のことかしら」
「白を切ろうっていうのか」
「そんなことできるわけないでしょう」
「観念したんだな?」
「東儀さんを切るなんて」
「……」
「切ってほしいの?」
「んなわけあるかっ!」
「唾を飛ばさないで。童貞が移るわ」
「童貞が移るか! それに俺は童貞じゃない」
「それじゃあ処女なの?」
「なんでそうなる」



 結局、廊下で騒いでいたらシスター天池が飛んできて、生徒指導室に三人連行された。
「なんでわたしまでーっ?」



おわり



0 件のコメント:

コメントを投稿