2010/02/19

(ぷちSS)「モーニング・コール」(FORTUNE ARTERIAL)(東儀 白)



 漂っているのは夢の中。
 東儀白は自分が夢を見ていると自覚しながら、まだ起きませんようにと願っていたが、
その思いに反するようにやがて周囲が白くなっていった。
 目を開けた白は、小さく溜息をついた。
 しょんぼりしながら枕元に置いておいた携帯電話を手に取ると、その途端に呼び出し音
が鳴り始めた。
「わぁっ」
 びっくりした白は持っていた携帯電話を落としてしまった。
 あわてて拾うと、電話機のボタンを押した。
「おはよう、白ちゃん」
 聞こえてきたのは、やさしい声。
「おはようございます。支倉先輩」
 そう答えた後で、白は小さなくしゃみをした。



「あはは、そういうことか」
「はい……、支倉先輩の電話の前に起きてしまいました」
 今日は二月十九日。白の誕生日だ。
 昨日の別れ際に孝平が、
「誕生日プレゼントのひとつとして、白ちゃんにモーニング・コールしてあげるよ」
 と言ってくれたのが白は嬉しかった。
 だけど、嬉しすぎてゆうべはすぐに寝付けなくて、おまけに今朝はいつもよりも早く目
が覚めてしまったのだ。
「うーん、内緒にしておいたほうがよかったかな。いきなり白ちゃんに電話したらいけな
いと思って」
「そんなことありません。支倉先輩は悪くないですから」
 いつもやさしい孝平には、なるべく甘えないようにしている。
「ところで白ちゃん、さっきくしゃみしてたけど」
「す、すみません。お恥ずかしいです……」
「いや、別に気にしなくても。可愛かったし」
「は、支倉先輩!」
「ごめんごめん。でも、パジャマのままじゃ寒いから、エアコンを入れるかベッドに戻っ
たほうがいいよ。今日はこの冬一番の寒さらしいし」
 どおりで寒いわけだ。
「……あ」
「どうしたの?」
「いえ、雪丸は大丈夫かなと思いまして」
 雪丸とは、白が学院の礼拝堂で世話をしているうさぎのことだ。
「……あの、支倉先輩。わたし、これから雪丸のところに行ってみます」
「うん、わかった。俺もつきあう」
「え?」
「十分後に寮の玄関で待ち合わせしよう。それでいいかな?」
「は、はい! ……ありがとう、ございます」
「それじゃ、またあとで」
 孝平の声がやさしくて、孝平の言葉がうれしくて。
 白は目覚めた時のしょんぼりした気持ちから、すっかり上機嫌になっていた。



 孝平と合流して寮を出ると、いつもよりもかなり冷たい空気を感じた。
「寒くない? 白ちゃん」
「は、はい。ちょっと寒いですけど、だいじょうぶです」
 やせがまんしてそう答える白。
「そっか、俺は大丈夫じゃないんだ」
 と言って、孝平は白の手を握った。
「うん、あったかくなった」
「支倉先輩……」
「さあ、行こうか」
「はい♪」



 手を繋いで歩いていくと、昨日降った雨のせいだろうか、そこら中に水たまりが出来て
いる。
「あ、氷が張ってます」
「本当だ。やっぱりこれだけ寒い朝だから、凍るよなあ……」
 水たまりを避けながら、ふたりは礼拝堂へと向かう。



 礼拝堂に到着すると、ちょうど入り口のところにシスター天池が立っているのが見えた。
「シスター、おはようございます」
「あら東儀さん、支倉君も、おはようございます」
「おはようございます。あれ、シスターが抱えているのって、雪丸ですか?」
 見ると、シスターが大切に雪丸を胸に抱えていた。
「ええ。今朝は寒いでしょう。兎小屋ではかわいそうだから、中に入れてあげようと思って」
「そうでしたか。よかったですね、雪丸」
 白が雪丸の頭を撫でると、雪丸は気持ち良さそうに鳴き声をあげた。
「おふたりもいらっしゃい。まだ時間はありますから、あったかいお茶でもいかがですか」
 孝平と白は顔を見合わせて微笑むと、
「はい」
 と声をそろえるのだった。



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