2011/01/31

「ぬくもりをそえて」(夜明け前より瑠璃色な)(エステル・フリージア)



「達哉、ひとつお願いがあるのですが」
 俺の隣を歩いている白い物体が話しかけてきた。
「なんですか、雪だるまさん」
 ピコン☆
「誰が雪だるまさんですか」
「だって、そんなに着込んでいるから、遠目から見たら雪だるまにしか見えませんって」
 俺の隣を歩いているのは、月から来た月人、司祭のエステルさんだった。
 ちなみにさっきの音は、エステルさんの天罰である。
「仕方がないではないですか、月人は寒さに慣れていないのですから」
 少し頬を膨らませながら文句を言うエステルさん。
「それで、お願いってなんですか?」
「はい。地球の気象管制システムが故障していると思うので、連絡を取っていただきた
いと思いまして」
 ……、えーと。
「いいですか、エステルさん」
 俺はあくまでも丁寧に。
「地球には、そんなシステムはありませんよ?」
「また、ご冗談を」
 ピコン☆



 数分後、がっくりとうな垂れている雪だるまさん、もとい、エステルさんの姿があった。
「どうして、地球の方々はこんな環境で平気でいるのでしょうか」
「平気というわけではないんですけど……」
 俺は近くの自動販売機であたたかい紅茶を買うと、エステルさんに渡した。
「ありがとうございます。……あたたかいですね」
 嬉しそうに微笑むエステルさん。
「地球人だって寒いです。そりゃあ、夏は涼しくて冬はあたたかい環境なら、とても過ご
しやすいなら、そのほうが嬉しいかもしれません」
 俺はもうひとつ紅茶を買って、今度は自分の手をあたためる。
「でも、こうやってあったまることもできます。夏だって、冷たいアイスクリームを食べ
れば涼しくなれます。要は、気持ちの持ち方ですよ」
 実際のところ、月は管制システムがないと人々が暮らすことさえままならないから、エ
ステルさんたち月人が、地球の気候に対して不満を持つのもわからないわけではない。
「気持ちの持ち方、ですか」
 紅茶を口に含みながら、エステルさんは俺の言葉を反芻するように呟く。
「そうです。環境の変化が少ない月が悪いとは思いません。でも、地球だって悪いところ
ばかりではないと思いませんか?」
 俺はエステルさんを見つめた。
「そうですね。……貴方のような人もいるのですから♪」



「それでは、そろそろ行きましょう。あまり遅くなると、麻衣があることないこと言いふ
らしそうです」
「いいではありませんか。麻衣はとても可愛い妹だと思いますよ?」
 俺とエステルさんは並んで歩く。
「兄をからかう妹は、あまり可愛くありません」
「それでは、あることだけ言いふらしてもらいましょうか」
 そう言うと、エステルさんは俺の手をそっと握ってきた。
「これは、あたたまるための手段です。……そう思えば、麻衣も納得してくれるとは思い
ませんか」
「……こういうのは、逆効果な気もしますが」
 と思ったけれど、朝霧家に到着するまで、ふたりのぬくもりが離れることはなかった。



おわり



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